「瞬は冷感症なんじゃないかと思うんだが」
氷河が仲間たち(もちろん瞬は除く)の前でそんなことを言い出したのは、21世紀某年が師走に入ったばかりの頃。
瞬と氷河がそういう仲になって半月が経っていた。
耳慣れない単語を聞かされた星矢が、遠慮も見せずに堂々と、心底から嫌そうに顔を歪める。

「男で冷感症も何もないだろ。あるのは不能かどうかだけだ」
「不能ではないんだが……」
「だが?」
「その……瞬は、俺が何をしても乱れないんだ。俺に何をされても、喘ぐことはおろか、身じろぎ一つしない。終始冷静さを失わずに――やってることはアレなんだぞ。なのに――」
突然そんなことを言われても返答に困る――というのが、彼の仲間たちの正直な気持ちだった。
どう考えても、これは、セックスカウンセラーでも何でもない、ただのアテナの聖闘士が力になれる次元の問題ではない。

まして、瞬の冷静さがどれほどのものなのかを、氷河以外の瞬の仲間たちは知りようがないのだから、なおさらである。
これは第三者が軽々しく意見を述べていいことではないだろう――と、星矢たちは至極常識的に考えた。
が、まあ、それでも仲間は仲間である。
紫龍は、とりあえず(だが、慎重に)当たり障りのない一般論を氷河に告げることだけはした。
「瞬は女ではないんだから、女のような反応を期待するのは間違っているぞ」
氷河が、紫龍の指摘に左右に首を振る。

「普通の男でも、我を失う瞬間はあるだろう。瞬にはそれすらない。それどころか、痛みも――いや、そもそも俺に触れられていることを知覚しているのかどうかさえ疑わしいんだ」
氷河は決して自分の手法に自信を喪失しているわけではないようだった。
自分のやり方が間違っているのではないかと悩んでいるわけでもない――なさそうである。
事態は、そんなことで悩む以前――であるらしい。
問題は 愛撫する側ではなく、愛撫を受ける人間の身体の方にあると氷河が確信できるほど明確に、瞬は無反応であるようだった。

「なにしろ、瞬は清らかが売りだからなー。ほんとは、おまえと寝るのが嫌なんじゃねーの? おまえがやらせろやらせろって迫るから、仕方なく足開くだけでさ。瞬がAV女優みたいに喘いでるとこなんて、俺、想像できねーもん」
星矢が到底深刻とは言い難い口調と態度で、彼の見解を表明する。
『おまえはいったいどこでそんなものを見たんだ』と突っ込みを入れたいところだったのだが、そんなことをしたら話があさっての方に飛んでいって戻ってこないことがわかっていたので、氷河はその件に関しては不問を貫くことにした。
氷河のその考えを正確に読んだらしい紫龍が、苦笑を隠すように大きく肩をすくめる。

「星矢の言う通りだったとしてもだ。瞬はおまえのことを好きではいるんだろう。おまえのために、したくないもことに付き合ってやっているくらいなんだから」
「……」
相談事の助言者は、口調や顔つきが真面目ならいいというものでもない。
星矢に比べれば軽い様子が少ないだけに 真実めいて聞こえて、紫龍の言は氷河の気持ちを沈ませた。
実は、瞬との性行為に関する氷河の不安要素は、瞬の無反応だけではなかったのである。

「瞬は……最後には必ず失神するんだ」
紫龍以上に真面目な態度かつ重たげな口調で、氷河は仲間たちにそう告げた。
白鳥座の聖闘士の その暗い調子の呟きを聞いた途端に、星矢は、これまでの会話ごと 自身の身体をもソファの背もたれに投げだしてしまったのである。

「なんだよ! 悩める子羊の下半身相談だと思って真面目に聞いてやってたのに、結局ただの自慢話かよ。ばっかばかしい!」
そうであったなら、どんなにいいか。
しかし、事実はそうではないから、氷河の表情は沈鬱を極めていたのである。
「事の最中は 徹頭徹尾 無反応で、声の一つも洩らさずにいる瞬が、俺が達するのとほとんど同タイミングで、毎回気を失うんだぞ。俺にそういうことをされている現実を拒否するために意識を失っているのだとしか 思えないじゃないか!」

声を荒げた氷河の、悲憤としか言いようのない表情に、星矢はその瞳を見開くことになった。
物事は、それがどんなことでも、二面性あるいは多面性を持つものである。
視点を変えれば、幸は不幸になり、不幸は幸になる。
自尊は卑下の裏返し、卑下は自尊の裏返し。
『卑下も自慢のうち』とは、よく言ったものである。
氷河が語る事実――どう聞いても自慢話としか思えない その言も、解釈の仕方によっては、みじめで滑稽な男の嘆きに変わるのだ。

「じゃ、やっぱり清いお付き合いが瞬の望みだったんだろ」
星矢の推察は残酷なものではあったが、妥当な推察でもあったろう。
そうだったのかもしれない――と、氷河は、これまで努めて考えないようにしていた考えを形にしなければならない事態に追い込まれてしまったのである。

どれほど念入りに愛撫しても、甘い言葉を囁いても、時にはわざと乱暴なことをしても、あらゆることに無反応な瞬。
初めての夜など、接合の瞬間には「痛い」と泣き叫ばれることさえ覚悟していたというのに、瞬はまるで命を有していない人形のように、為されるがまま無感動に氷河を自分の身の内に受け入れた。
その無反応に驚いて、氷河は「痛くないのか」と瞬に尋ねさえしたのである。
瞬は――瞬は、無言で、表情も変えずに瞬きを2、3度繰り返しただけだった。

それでも抑え難い肉体の欲求に逆らえず、氷河は瞬の身を気遣いながら動き始めた。
瞬は、そうなっても なお無反応だった。
泣きもしなければ、喘ぎもしない。
布人形のように揺さぶられるまま、乱れるのはその髪だけ。
氷河は、あまりに想定外の事態に、尋常でなく混乱してしまったのである。
もちろん、だからといって、その行為は途中でやめられる類のものではなかったので、氷河は最後まですることはした。
そして、彼は、いつのまにか瞬が気を失っていることを知ったのだった。

瞬のそんな異様な反応にも関わらず、氷河がこれまで瞬との同衾をやめることができずにいたのは、これもまた瞬の反応のせいだった。
瞬の表層は、表情を含め何もかもが無反応なのに、瞬の中はそうではなかったのだ。
瞬の中は熱く、氷河が侵入していくと、「おまえが何をしにきたのかはわかっている」とでも言うかのように、ぬめぬめと蠢き、吸いつくように氷河に絡みつき、氷河に精を吐き出させようとする。
あさましいことだとは思うが、氷河はその“感覚”にすっかり“心”を奪われてしまっていた。
手で触れることのできる瞬の身体がどれほど冷たく素っ気なくても、瞬の身体は氷河を満足させ、夢中にさせてくれるものだったのだ。

それも、考えようによっては、嫌なことを早く済ませてしまいたいが故のことなのかもしれなかったが、それにしても瞬の身体は稀有のものであり、氷河は決して瞬を手放したくないと思っていた。
天上の奇跡のようなあの感覚を、他の男に味わわせることなど絶対にできない――そんなことは我慢ならない。
だから――瞬がせめて、二人が抱き合って眠る行為に嫌悪感を抱いていないことさえ確かめられれば、氷河は現状のままでもよかったのだ。
最良ではないが、最悪でもない。
瞬がその行為を嫌いではないと、それさえ確認できたなら、この行為の相手は永遠に瞬以外欲しくないとすら、氷河は思っていた。






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