西暦XXXX年も、あと数日で終わろうとしている。 毎晩瞬と同じ部屋に入っていくのに、氷河は最近全く冷凍マグロの話をしなくなった。 年の瀬も押し迫ったある日、星矢はふと思いたって、そんな氷河に訊いてみたのである。 わざわざ確かめてみなくても、ここ数日の二人の様子を見ていれば、事態が好転していることは、星矢にもわかっていたのだが。 「その後、例の冷凍マグロはどうなったんだ?」 「毎晩 上等のトロを食っている」 「……。おまえの言い方って、なんか やらしいんだよな」 隠しても隠しきれない助平心を隠そうともしない氷河に、星矢は心底 嫌そうな顔を向けた。 仲間たちに見せる瞬の笑顔が毎日幸福に輝いていればこそ、氷河の品性下劣にも傍若無人にも耐えられるのである。 そうでなかったら、いくら鷹揚が売りの星矢でも、今世紀最大の助平男に嫌な顔を向けるくらいでは済まなかったろう。 「まあ、食える程度に解凍できてよかったな」 「舌が肥えすぎて、他のものが食えなくなってしまったことが悩みと言えば悩みだが、それも不味くて安いものしか食ったことのない奴等に比べれば贅沢な悩みだろうしな」 喉許過ぎれば何とやら。 氷河は、冷凍マグロの冷たさに嘆き節を奏でていた数日前までの自分を、すっかり忘れてしまっているらしい。 自分以外のすべての男を見下し哀れんでいるような氷河の態度に、星矢の神経は逆撫でされた。 「冷静に考えてみればだ。この俺の手にかかって、瞬が本当に冷凍マグロでいられるわけがなかったんだ」 「おまえのその自信はどこから湧いてきたんだよ!」 自らの過去の惨めな境遇を忘れ果てた男は、今では すっかり自信過剰男に変身してしまっていた。 馬鹿なことを聞く奴だといわんばかりに得意げに、氷河が星矢の質問に答えを返してくる。 「男の自信の源というと、あそこしかあるまい」 あまりに予想通りの答えを返してくる氷河の芸のなさに、星矢は思い切り顔をしかめたのである。 師走の忙しい時に、あろうことか下半身問題で仲間の手を煩わせ、貴重な時間を奪っておきながら、氷河は彼の恩人たちにお歳暮の一つも贈ってこない。 星矢とて、別にサラダオイルや洗剤の詰め合わせが欲しいわけではなかったのだが、この人騒がせな白鳥座の聖闘士は もう少し謙虚と感謝の気持ちを持ちあわせていてもいいではないか。 星矢は、ふいに、思い切り氷河の頭を殴り倒したい衝動にかられたのである。 氷河を殴り倒すのに最もふさわしい凶器が手近になかったので、星矢はその衝動をなんとか抑え切ることができたが。 氷河がもし何者かに殺害されることがあったとしたら、その凶器はカチカチに凍った冷凍マグロであるべきだと、星矢は固く信じていた。 Fin.
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