自分が幸福な人間だなんて、いったい どういう思いあがりで、俺はそんなことを考えていられたんだろう。 俺は不幸で愚かな人間だ。 不幸な人間というのは、つまり 自分のすぐ側にある幸福に気付かない愚かな人間のことで、昨日までの俺は――瞬を傷付けることで復讐を果たそうなんてことを考えていた昨日までの俺は、確かに愚かで不幸な人間だったんだ。 瞬は、それでも俺を好きだと言ってくれた。 俺が苦しんでいると、瞬も苦しい。 俺が悲しんでいると、瞬も悲しい。 だから、自分が幸福になるために、俺を許してくれるという。 瞬は、瞬を傷付けた俺を傷付け返すことで心の清算をしようとはせず、ただ俺を許してくれるらしい。 瞬がそう言ってくれるのは、だが、おそらく俺のためだ。 今なら俺にもそれがわかった。 それがわかるくらい、俺は幸福な人間になったということなんだろう。 瞬は毎日、俺のためにお茶をいれてくれる。 その中に必ずジャムをひとすくい。 そして、瞬の白い手がガラスのマドラーでお茶とジャムをくるくるかき回し、できあがった琥珀色の世界を、瞬は俺に手渡してくれる。 それを俺が飲んで笑ってくれることが、その時の俺を見るのが、瞬の夢だったんだそうだ。 瞬の手から お茶の入ったカップを受け取った俺は、甘いものが苦手なくせに、瞬のいれたお茶だけは飲むことができるような気がするし、実際に飲めてしまう。 おかしな話だ。 俺はそれだけで幸せな気分になる。 瞬が笑っていると、俺も嬉しい。 瞬が幸せそうだと、俺も幸せな気分でいられる。 そうだ。 俺は、そういう人がほしかった。 俺は一輝への復讐なんか考えず、最初から本当に自分がほしいものは何なのかを考えて、それを手に入れるための努力をすればよかったんだ。 俺がほしいのは、俺のお茶にジャムをひとさじ入れてくれる人だったことに、俺に優しい手でジャム入りのお茶のカップを渡してくれる人だったことに、もっと早く気付けばよかった。 俺自身が幸福でいるために、二人が幸福であるために、俺は二度と瞬を傷付けようなどとは思わないだろう。 Fin.
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