仲間の夜の生活のことなど聞きたくない――と、星矢はまず思ったのである。 全く興味がないわけではない。 むしろ、大いに興味はあった。 だが、できれば星矢は、それを楽しく笑える下ネタ話として聞きたかったのである。 深刻かつ真剣な相談事として、仲間の――男同士の――下半身問題を聞かされるのは御免被りたかった。 そして、彼は、できれば氷河と瞬のその手の話は、瞬ではなく氷河の口から聞きたかった。 その方が気楽に聞けるし、恥ずかしくもない(氷河と瞬の性生活を、星矢が恥ずかしがる いわれはないにしても)。 しかし、今 現に星矢の目の前にいるのは氷河ではなく瞬で、その目は深刻かつ真剣そのもの。 気まずいことこの上ない現状から逃れるために、星矢は話を笑いにごまかすことにした。 「ははは。そりゃ、あれだ。おまえのナニが小さいから、他に言いようがなくて、氷河は仕方なく――」 突然、小さくて弱々しい(はずの)瞬が、情け容赦なく星矢のみぞおちに右の肘をのめり込ませてくる。 一瞬息ができなくなった星矢は、なんとか呼吸機能を復活させた後、しばし ごほごほとむせてから、瞬に食ってかかることになった。 「なんだよ! 違うって言い切れんのかよ!」 「ひ……氷河はそんな下品なこと考えたりしないし、そんな意地悪なこと言ったりもしませんっ!」 それは瞬の希望的推測でしかないだろうと、星矢は思った。思わずにいられなかった。 白鳥座の聖闘士がどれほど巧みに瞬の前で自分を取り繕っていようと、氷河は普通に性欲のある普通の男なのだ。 普通に、瞬の言う“下品なこと”も考えているに決まっている。 「だったら、悪口言われてるわけじゃないんだし、かわいいだの ちっこいだの言われるくらい、何てことないだろ!」 「だって、『かわいい』なんて言葉、普通は僕みたいなのに言っていい言葉じゃないでしょっ!」 「へ?」 瞬の反駁の意味が、星矢はすぐには理解できなかったのである。 “瞬みたいなの”に使うべき言葉でないというのなら、それは本来どういうものに対して使われるべき言葉なのだ。 瞬はいったい その言葉を、誰が、どういう時、何に対して使うべき言葉だと考えているのだろう。 氷河が瞬に対して『かわいい』と言ったとしても、それがベッドの中でのことなら なおさら――星矢は氷河の語彙の選択に不自然を感じることができなかった。 瞬の悲鳴じみた怒鳴り声に、星矢が目を丸くする。 そんな星矢に気付いた瞬は、我にかえったように身体を小さくし、急速に声の音量を下げた。 それから、なにやら弁解じみた言葉をぽそぽそと口にする。 「その……あんなに何度も何度も『かわいい』って言われるほど僕は可愛くないし、なのに氷河はいつもそう言うし、僕、困る……」 「けなされているわけではない――ということはわかっているようだな」 紫龍が場をとりなすように瞬を見詰め、殊更落ち着いた声音で言う。 とはいえ、そう告げた紫龍にも、瞬が実は何を気に病み、何に落ち込んでいるのか、その真の理由まではわかっていなかったのであるが。 瞬を『かわいい』と感じるのは氷河の主観であって、氷河のその感性を瞬に“修正”することはできない。 そんなことがわからない瞬ではない――はずだった。 「氷河がおまえ以外のどんなものを『かわいい』と言うのかを観察して、氷河が『かわいい』という言葉をどういう意味合いで使っているのか探ってみるのはどうだ? 綺麗なもの、小さいもの、弱いもの、健気とか可憐とか、『かわいい』には色々な意味合いがある」 とりあえず、『かわいい』という言葉が自分にふさわしくないと考えているらしい瞬に、氷河の用いる『かわいい』の真意を確認することを勧めてみる。 瞬は、だが、紫龍の提案に力なく首を横に振った。 「氷河は、『かわいい』って言葉、普段は何に対しても言わないんだもの。僕が何か見て『かわいい』って言うと、僕の言うことに反対しないために『そうだな』って言うくらいで」 「ベッドの中で、おまえにだけかよ。だったら、やっぱり、おまえのナニが――」 ドカッと、星矢に対する瞬の二度目の攻撃には、普通の聴覚で聞き取ることのできる音が伴っていた。 「おまえも懲りない奴だな、星矢」 瞬に突かれた背中を無理な体勢でさすっている星矢に、紫龍が呆れたような声をかける。 「った〜。氷河はおまえのこと、絶対に弱々しいだの健気だの思ってなんかいねーよ !! 」 痛みに顔をしかめながら、星矢は瞬に毒づくことになった。 そこに、真打ち登場とばかりに、瞬の情緒不安定と星矢の肉体的苦痛の元凶である男が登場する。 |