氷河は未だ、瞬の淫らに我が身を預けるつもりにはなっていなかったらしい。 懸命に開いた瞬の目に映った氷河の瞳は、まだ冷静な青色をしていた。 もっとも瞬は、氷河が彼自身の欲望に屈した時、夏空の色をした彼の瞳がどんなふうに変わるのか、しっかりと確かめたことはなかったのだが。 その、まだ穏やかな青い瞳が、瞬の泣きそうな顔を映している。 「氷河、僕が嫌いになったの……」 もう一度、その問いを繰り返す。 氷河はゆっくりと首を左右に振った。 「まさか。俺はおまえが好きだ。本当におまえだけが好きだ。他の誰も、おまえより好きになどならない」 「あ……」 瞬はその言葉を信じたかった。 心底から信じたいと思う。 が、瞬にはどうしても彼の言葉を信じることができなかったのである。 氷河が言った通りに、これが不自然なことだとわかっていたから。 氷河に不自然なことを強いているのは自分の方だと思うから。 瞬の心の中からは、氷河がいつか“自然”を求めるようになるのではないかという不安が、どうしても消えてくれなかった。 氷河が、不安の色をした瞬の瞳を見詰め、尋ねてくる。 「自分の意思でそうしたとおまえは言うが、いちばん最初の――はじめての時もそうだったか」 「そうだよ。僕は最初から――」 「違う。俺がそうしたいと、おまえに頼んだから、おまえはそうしてくれたんだ」 「い……嫌じゃなかったから、氷河の言う通りにしたんだもの」 「恐がって、痛がって、泣いていた」 「でも僕は、本当に、僕がそうしたかったから、そうしたくて、そうしたんだよ!」 「俺がそうしたいと言ったからだ」 「氷河……」 氷河はいったい何を言おうとしているのか。 二人のすることを不自然な行為と決めつけて、そして この関係を解消してしまおうとしているのだろうか。 そう思い至った途端、瞬は背筋に冷たいものを感じた。 腕を、自分から氷河の背にまわし、彼の身体を抱きしめる。 不自然も自然もない。 瞬はただ、氷河から離れてしまいたくなかった。 「氷河が望むことを叶えたいって、僕が望んだんだ。最初の時だって、そりゃ、ちょっとは泣いたかもしれないけど、それは――」 「痛かったから?」 「そ……そうだよ。それだけ」 「最近は、気持ちよくて泣くようになった」 「ひょ……氷河が僕をそんなふうにしたんだから……!」 「そうだ。俺のせいだ。俺がそうなればいいと望んだから、おまえは俺のために変わった」 「氷河、何が言いたいの……」 それが不快だというのなら、完全に元に戻ることはできなくても、戻った振りをするくらいのことはできる。 そのための努力はする。 氷河が望む通りにしたいのに、彼が何を望んでいるのかがわからなくて、瞬の声は涙を含んだものになっていった。 「僕はどうすればいいの……」 瞬を泣かせ慣れている氷河は、しかし、瞬の涙声ごときには慌てた様子も同情した様子も見せてくれなかった。 とはいえ、冷淡になったわけでもなく――あえて言うなら、冷静になったように見えた。 欲望に囚われている時とは別の真剣さをたたえた声で、氷河が瞬に告げる。 「おまえが女だったなら、おまえが俺のために身体を開くのも、喘ぐのも、泣くのも 当たりまえで普通のことだから、俺はおまえに感謝しないし、おまえを健気だとも思わないし、おまえを可愛いとも思わない」 「あ……」 「おまえが女じゃないから、俺は、俺の我儘をきいて俺の無体を受け入れてくれるおまえに感謝するし、健気だと感じるし、可愛いと思う。そして、俺がどんなにおまえを愛しても、おまえには敵わないと思うんだ。多分、俺のためにこんなことをしてくれるおまえの方が、俺がおまえを愛するよりずっと 俺を愛してくれているんだろうと思う」 「氷河……」 |