「あー……瞬。随分さっぱりした顔してるみてーだけど、結局『かわいい』の件はどうなったんだ?」
幸い瞬は氷河によって殺されることなく、無事に翌日の朝を迎えることができた。
昨日とは打って変わって明るい目をしている瞬に、星矢が尋ねてくる。
が、瞬としては、彼に“さっぱりした”笑顔を向けること以外にできることはなかったのである。
当然、星矢には、瞬が一晩で屈託のない笑顔を取り戻した経緯や心境はわからない。
彼は不愉快そうに頬を ぷっと膨らませた。

「だから、俺は、デキてる奴等が近場にいるのって嫌なんだよ! 大喧嘩して、騒動起こしても、次の日には ちゃっかり元の鞘に収まっててさ。こっちは事情は聞きにくいし、おまえたちは何の説明もしてくれねーし、俺はキツネにつままれた気分にさせられてさ。何なんだよ、もう!」
星矢は、命を懸けた戦いを共にする仲間に仲間外れにされているような自分の立場が気に入らないでいるようだった。

星矢にいくら拗ねられても、まさか白鳥座の聖闘士とアンドロメダ座の聖闘士が昨夜どういう経緯を経て、元の鞘に収まったのかを彼に詳しく説明するわけにはいかない。
瞬は困ったような目をして氷河に救いを求めたのだが、瞬以上にさっぱりした顔の氷河は、瞬でない人間の不機嫌を治してやる気は全くないらしい。
彼は素知らぬ顔でコーヒーを飲んでいるばかりである。

代わりに、瞬の困惑を見兼ねた紫龍が、星矢の不機嫌を執り成しにかかってくれた。
「星矢。おまえ、夕べ氷河と瞬がどんなふうにして元の鞘に収まったのかを、細大漏らさず、最初から最後まで微に入り細に入り何もかも全部説明されたいのか」
――と言って。
「へ?」
紫龍のその言葉で、自分がどれほど恐ろしいことを求めていたのかに気付いたらしい星矢が、慌てて大きく左右に首を振る。
そんなことを聞かされて冷静でいられる自信を、彼は全く持ち合わせていなかった。

「ま……まあ、その何だ。一晩で元の鞘に収まれるのなら、それにこしたことはないよな」
「そうそう。一晩で元の鞘に収まれるのなら、それが常態で自然で平和だということだ」


早春の朝。
不安に震え凍える時が過ぎれば、春がやってくる。
自然とはそういうものなのだ。






Fin.






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