瞬が無心な花でなく、強い意思を持った人間だというのなら、俺は――俺は、人の指図は受けない。 人の思い通りになどならない。 たとえそれが瞬でも、俺を支配し操ろうとする奴は許さない――不愉快だ。 俺は、瞬のその そして、意識して軽薄な笑みを浮かべ、その場の話題を下世話な方向に向かわせた。 さすがに瞬当人には訊けなかったんで、星矢と紫龍に、 「瞬チャンって、氷河と寝てたの?」 と訊いてやったんだ。 二人は何も答えなかった。 否定しないところを見ると、どうやら 職務に忠実で責任感の強い俺は、にわかに気分が高揚した。 なにしろ、俺が城戸沙織から依頼された仕事は、“氷河の代理”なんだ。 「君の氷河の代わりをしてやろうか?」 その提案に瞬はいったいどういう反応を示すのか、俺は興味津々だったんだが、瞬が何事かを口にする前に、星矢が俺を鼻で笑った。 「やってみろ。できたら褒めてやる」 俺を小馬鹿にしたように、そう言って。 お子サマが何を粋がっているんだか。 俺は、ある意味 そうしたかったからというより、星矢の鼻をあかしてやるために、俺は長椅子の俺の隣りに座っていた瞬の手を引き、そして星矢の前でキスの一つもしてやろうと考えた――否、考えるより先に行動していた。 俺の動きは決して鈍重なものではなかったと思うのに、俺が瞬の方に手を伸ばした時、そこには既に瞬の身体はなかった。 瞬はいつのまにかソファから立ち上がり、場所を移動し、俺(たち)が腰掛けていた椅子の横に立っていた。 まるで瞬間移動でもしたような素早さで。 何が起こったのか今ひとつ理解できずにいる俺に、瞬が真顔で忠告してくる。 「そういうことは、本当にそうしたいと思った時にだけした方がいい。でないと、傷付くのはあなたの方だよ」 「……」 俺は瞬にいいように あしらわれたことになるんだと思うんだが――それで俺のプライドが傷付くことはなかった。 そんな余裕は俺にはなかった。 瞬の動きは、何というか――尋常の人間のそれじゃなかった。 俺はこう見えても並み以上の運動神経を持っていると自負しているんだが、瞬のそれは“並み”から外れている。 そして星矢たちは、そんな瞬の動きを異常なことと認識していないらしい。 星矢は、あっけにとられている俺を見て、また馬鹿にしたように笑った。 「俺たちの仕事は戦うことだからな。おまえに簡単に捕まる程度の運動神経じゃ生き残れない」 戦うことが仕事……? 何を言っているんだ、こいつは。 腹が立つほど平和なこの国で。 「まして瞬は……瞬は、氷河がいなくなってから強くなった。死にたがって、怖いものがなくなって――。俺は……俺たちは、瞬に生きていてもらいたい。生きようという意識を持って生きていてもらいたいんだ。その上で死ぬなら諦めもつく。だが、今の瞬に死なれたら、俺たちはやりきれない」 俺には理解できないことを、まるで独り言のように星矢は呟き――いや、それは瞬に聞かせるための言葉だったんだろう。 俺の横に立っていた瞬は微かに俯き、そして小さく首を横に振った。 星矢は――そして瞬も――どう見ても、俺より年下だ。 そんなガキが、いったいどういうわけで こんなに気軽に死を語るんだ。 俺は――俺自身も、死というものをさほど重大なことだと考えたことはないし、自分はいつ死んでもいいと思っている。 だが、星矢の語る死は、俺がいつも思っている死とは何かが違っていて――。 そう、星矢は死を気軽に語っているんじゃない。 死という現象を軽く扱っているのではなく、身近なものとして語っているんだ。 俺にはそう聞こえた。 この家の住人たちはいったい何者だ――? 俺はキツネにつままれたような気分で、俺と大して歳の違わないガキたちを見詰めた。 |