星矢たちは、瞬が、俺を“氷河”だというので、俺を彼等の仲間の一人だと認め、受け入れてくれた。
自分が本当に瞬の氷河なのか、未だに記憶を取り戻せていない俺にはまだ自信がない。
心の隅に、俺は瞬に騙されているのではないかという疑念がくすぶっているのも事実だ。
だが、俺は、騙されているのなら それでもいいと思うようにもなった。
瞬は一生俺を騙し続けてくれるだろう。
瞬は、俺を必要としてくれているから。

瞬は時々俺を置いて、星矢たちと共に“戦い”に行く。
瞬たちと暮らすようになってから、俺は小宇宙というものに触れる機会が幾度かあった。
俺自身にはそれを作り出すことはできなかったが、人によって小宇宙がたたえている力や感触が違うことを、感じ分けることはできるようになった。
瞬の小宇宙は力強く温かく、そしてどこか懐かしい感じがする。
それは、俺が4年前 氷の海の上で意識を取り戻した時、俺を包んでいた神の恩寵のようなあの光の感触に似ていると思う。

城戸邸での生活にすっかり馴染んでしまった頃、俺は瞬に、
「俺のセックスの癖というのは、どんなものなんだ」
と訊いてみた。
俺はもう瞬の許から逃げ出さない――俺はもう瞬から離れることはできない。
その事実に確信が持てるようになったのか、瞬は今度は俺に“氷河”の癖を教えてくれた。

「氷河はね、セックスの時に、僕の中ですぐに終わってしまわないように、自分で自分の……の温度を下げるの。ほんとずるいんだから」
「……」
それを癖と言っていいのかどうか――。
氷河の“癖”を知らされた俺は、しばし本気で呆けてしまった。

そんなずるくて器用なことのできる男が氷雪の聖闘士以外にいるとは思えないから、俺の身体が瞬の運命の恋人のものだというのは確かなことらしい。
その卑怯な真似ができる俺になら、いずれ小宇宙を取り戻すこともできるだろうと、瞬は考えているようだった。

そうなのかもしれない。
瞬は、俺の上にどんな奇跡を起こすこともできるだろう。
そして、俺も――瞬と一緒にいることができさえすれば、自分がどんな奇跡でも起こせるような気がする。
記憶は戻っていないのに――今の俺には“氷河”の気持ちもわかった。

瞬に出会えたことが、俺の最大の奇跡。
俺が瞬に出会い、瞬が俺に出会ったことが、この世でいちばんの奇跡だと信じることのできる気持ち。
“氷河”は毎日、その奇跡に感謝しながら、自分の生を生きていたに違いない。
今の俺がそうであるように。


   あなたはわたしの最大の奇跡
   この世でいちばんの奇跡



人は、その奇跡を運命と呼ぶ。
俺は多分、瞬の氷河だ。






Fin.






【menu】