- II -






まさかこんなことになるとは――という気持ちはあった。
瞬は、今夜は、仲間に心配をかけ通しだった氷河を夜っぴいて説教するつもりでいたのだ。
それがこんなことになってしまったのである。
こんなことに――瞬は自分の手で、自分が身につけていたものを脱ぎ、自分から氷河の寝台の上にその身体を横たえた。

太陽はそのほとんどが沈み、今はその残光を僅かに空に放っているだけだった。
夜というには早い時刻だったが、瞬が裸身を横たえた寝台の周囲は夜のとばりに包まれ始めていた。
昼間でなくてよかったと思う。
誰にも裸体を見られることはないとわかっていても、恥ずかしいことに変わりはなかった。
氷河の手をとり、自分の頬に押し当てる。
瞬は、そんなふうにして 自分の居場所を氷河に教えることまでした。

自分がそのりかを教えたというのに――瞬は氷河の手が自分の胸に触れる感触に身体を硬く強張らせることになってしまったのである。
目で恋人の姿を見ることができない氷河は、手で触れて瞬を確認することしかできない。
彼の指先が、瞬の肌に吸いつく。
見えていても同じことをされていただろうと思うのに、瞬は半ば以上が驚きでできた声を洩らすことになった。

「あっ……」
それは ごく小さな声だったのだが、騒がしい昼の光が消えた室内で、氷河がその声を聞き逃すはずはなかった。
「嫌か」
氷河の指が、瞬の胸から離れる。
瞬は、目が見えていない人間に向かって 慌てて――だが小さく、首を横に振った。

「そ……そうじゃなくて」
「俺は、おまえの表情を見て確かめることはできない。言葉ではっきり言ってくれ。嫌なら嫌と」
「……嫌じゃない。恥ずかしいだけ」
「俺には見えてないのに」
「……そうだけど、でも……」
見ている者はいなくても――氷河に見られているわけではなくても――瞬が氷河の前に裸体をさらしていることは事実なのだ。
瞬の羞恥心は抑えられなかった。

氷河の指が、再び瞬の胸に触れてくる。
氷河の手と指は、彼の目の代わりに、瞬の身体中を見詰めることをした。
胸の上を這いまわっていたそれは、やがて瞬の腹の上をすべり、さすがにそのまま下りていったのでは瞬が羞恥のために泣き出しかねないと思ったのか、瞬の太腿の方に僅かに逸れた。
それでも十分に、瞬は恥ずかしくて、いたたまれなかった。
氷河の手の平や指先が、激しい欲望のために熱くなっているのがわかるのだ。

「ここに触れられるのは嫌か」
嫌と言うと、氷河は自分に触れるのをやめてしまうだろう。
「い……や……じゃない」
自分の心に逆らって、瞬はそう答えるしかなかった。
本当は嫌だった。
今はまだ羞恥から逃れたい――という気持ちが先に立つ。
が、見えない氷河は、瞬の言葉を信じるのだ。

「じゃあ」
内腿をまさぐっていた手の側に、氷河が唇を押し当てる。
湿った舌の感触が、瞬の全身を震わせた。
それは瞬が初めて経験する感覚で、
「やだっ」
その感覚を避けようとして、瞬は身をよじった。

「そんなに嫌なのか」
気遣わしげ――というより落胆した氷河の声が、瞬の胸に痛みを運んでくる。
「そうじゃなくて……ああ……!」
どうすればいいのかが、瞬にはわからなかったのである。
彼の恋人が、未知の行為への恐れと羞恥心とに囚われているだけだということは、目が見えていない氷河にはわからない。

氷河がもっと強引になってくれたらいいのに、と瞬は思った。
一度『受け入れる』と承諾した人間を相手にしているのだ。
いっそ力づくで犯してくれて構わないのに――と、瞬は、以前の彼なら考えもしなかっただろうことを考えた――願った。
以前の氷河なら、おそらくそうしていたに違いないのに、今の氷河はそうしようとしない。
瞬の表情を、瞳を、唇を、その目で見ることのできない氷河には、そうすることができないのだ。

意を決して、瞬は氷河に告げた。
ほとんど泣きたい思いで。
「もっと触って」
「本当にいいのか」
「もっと触って。もっと僕に触って。な……舐めても噛みついてもいい。氷河になら何されてもいい。氷河のしたいことをして。僕はそうされたいんだから」
そう告げる瞬の声は震えている。
瞬がかなり無理をしていることは氷河にもわかったらしい。

「瞬……」
氷河は瞬の身体を抱きしめて、その上で、右の手を瞬の脚の間に忍び込ませてきた。
熱い。
氷河の指、全身は、氷の聖闘士のそれとは思えないほどに熱かった。
「んっ……」
瞬が声を洩らすたび、その声に拒絶の響きがないかを確かめるように、氷河は愛撫の手を止める。
「いいのっ。もっと触って。やめないで。僕は氷河のものになるって決めたんだからっ」
瞬は――瞬もまた、そのたびに、涙声で氷河に訴えることになった。

「瞬、すまん。俺はもう――」
瞬の様子を窺って慎重でいるのも、そこまでが限界だったらしい。
氷河は突然、何かを吹っ切ったように、瞬に襲いかかってきた。
身体中に指で触れ、舐めまわし、瞬の身体の内側にまで、氷河の目に代わるものは侵入してくる。
さすがに氷河の指が体内に入り込んできた時には、瞬もその侵入を拒む声をあげずにいられなかったのだが、瞬はすぐに唇を噛んで、その声を飲み込んだ。
瞬の身体の内と外をすべて 目ではないもので確かめ尽くした氷河は、最後に瞬の身体を大きく開いた。
そして、そのまま瞬の中に押し入ってくる。

「あああっ! あっ、ああ、痛いっ。やめてっ!」
気弱に思えるほど優しく慎重だった氷河が、瞬のその懇願を無視する。
逆に氷河は、彼の身体を前方に押し進めることさえした。
「我慢してくれ。もうとめられない」
「ああああっ!」
身体の中心から全身に伝わっていく痛みの行き場を求めて、瞬は、氷河の腕に両手でしがみついた。

目が見えていても、氷河は同じことをしただろう。
結局、氷河は彼の我儘を通す。
瞬はそのことに安堵した。
氷河は氷河のしたいことをしている――できているのだ。
瞬が望んだ通りに。

「いや……氷河、助けて……ああ……んっ……あああっ!」
これは自分の望んだことで、その望みは叶ったのだから――と自身に言い聞かせて、瞬は交合の痛みに耐えた。
これが氷河の望んでいたことなのだと思えば、自分の中でうごめき暴れるものに、瞬は恍惚とすることさえできた。
氷河のそこだけが、以前の氷河のように我儘で抑制がきかない。
熱に似た痛みに耐えかねて全身を大きく反らすと、瞬は自然に氷河のそれを更に身体の奥深くにくわえこむことになった。

「まだ痛いか」
「痛い……痛い……ああ、でも嬉し……ああっ!」
瞬の身体が、瞬自身に代わって、彼がその交わりを喜んでいることを氷河に知らせてくれたらしい。
氷河は、今はもうためらいなく瞬の身体を揺さぶって、瞬に悲鳴をあげさせ続けた。
その泣き声じみた声が氷河を躊躇させることになってしまうのではないかと、瞬は恐れたのだが、氷河は大胆な抜き差しをやめることはしなかった。
瞬の洩らす悲鳴と喘ぎは、瞬が思っていた以上に艶を帯びたものだったらしい。
その声はむしろ氷河を更に煽り、猛らせ、彼の獣欲を燃えたたせることになったようだった。

快楽なのか痛みなのかわからないものに翻弄され、瞬の身体は既に意思も思考も失っていた。
その頃になってやっと氷河には、彼の欲望を保ち続ける限界が訪れたらしい。
「あっ……ああ……!」
瞬の五感は 自分の身体がどうなってしまったのかを認識できないほどに乱れきっていたが、瞬は、氷河が自分の身体の中に放ったものの熱さと勢いだけは、はっきりと認めることができた。






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