聖戦前夜

- I -







アテナが今 聖域に降臨していることの意味を、聖闘士たちは十二分に承知していた。
アテナが人間界に降臨するから強大な敵が現われるのか、強大な敵の出現を予感してアテナが人間界に降臨するのかは定かではないが、今現在アテナが聖域に在る理由はただ一つ。
前聖戦から240年余。
冥王ハーデスとの戦い――“死”を従える者との戦い――が人の世に迫っているのだ。

その戦いに臨む者は、己れのすべてを捨てる覚悟をしなければならなかった。
命だけではなく、すべて・・・を捨てる覚悟をしなければならないのだ。
生き延びる者も少なく、その戦いで命を落とした者は自然の摂理にのっとって、生きていた時には敵であったハーデスの国の住人となる。
かろうじて生き延びた者も、いつかはハーデスが支配する国に赴くことになる。
たとえアテナの聖闘士たちが生者の国でハーデスを退けることができても、それを彼等の勝利と呼んでいいものかどうか。
聖闘士に限らず人間は誰もが、最後には死の国の住人になるのだ。

聖闘士たちが守ろうとし、実際に守ることのできるものは、生者の国とその存続だけで、人間個々人の幸福ではない。
聖闘士たちは、彼等が守ろうとする者たちに 永遠の命を与えてやることもできなければ、永遠の幸福を約束することもできないのだ。
まして、己れ自身の幸福や生は最初から捨ててかからなければならない。
アテナの聖闘士たちにとって最も過酷な 死の国の王との戦いが、間近に迫っていた。






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