そんなふうして1週間、二人は1日の大半をベッドで抱き合って過ごした。 氷河が瞬と離れることを嫌がったせいもあるが、氷河との行為を重ねるたびに、その快楽の味わい方を瞬が深く会得していったせいもある。 裸で交わっていなくても側にいることはできるという、考えるまでもない事実に気付くのに、二人にはそれだけの時間が必要だったのだ。 特に、氷河には。 1週間後、再びワルハラ宮にやってきた星矢と紫龍は、今度も挨拶なしで用件に入った。 「そろそろ二人して聖域に来る気になった頃だって、アテナが予言してさー。そうなのか?」 深い考えなしに そう尋ねてから、星矢は訊くのではなかったと深く後悔した。 たった1週間会わずにいた間に、氷河と瞬の間の距離が急速に近付いたことに、星矢は――もちろん紫龍も――否が応でも気付かないわけにはいかなかったのである。 実際に星矢たちの目の前で、二人が親密な素振りを見せたり言葉を交わしたりしたわけではなかった。 それでも、二人の視線がいちいち熱を帯びて絡み合う様を見せられてしまっては、星矢と紫龍がその事実に気付かずにいることは不可能だった。 「しかし、俺は……」 もう離れることなどできなくなっていることは明白だというのに、氷河が、一応ためらってみせる。 その白々しい様子に、星矢は思い切り顔を歪めた。 ためらう氷河の代わりに、瞬が氷河の意思を仲間たちに告げる。 「うん。氷河は、僕の言うことなら何でもきくって約束してくれたの。一緒に聖域にも行ってくれるよ」 「おまえが俺のためなら何でもするんだろう?」 「もちろん、何でもするよ。そう約束したもの」 この1週間、実際、氷河は、瞬に 瞬は、氷河のどんな我儘も無体も躊躇する様を見せずに受け入れ、氷河の目の前でそれを鮮やかに快楽に変えてみせてくれた。 これほど稀有な恋人と離れていたいと望む男はいない。 いたらとしたら、その男は果てしない愚か者だと、氷河は思ったのである。 「俺も何でもする。俺も約束は守る」 氷河は真顔で、瞬に宣言した。 「だが聖域にはいかない。俺はおまえのいるところに行くんだ」 氷河の目にはどうやら、彼等を迎えにきた聖域からの使者たちの姿は かけらほどにも映っていないらしい。 それは瞬も同様のようで、彼は仲間たちの目の前で、氷河の言葉に恥ずかしそうに頬を染めることさえしてのけたのである。 「うー……」 アテナの命令を遂行することはできそうだが、正直、アテナの指示を受けてこの城にやってきた聖域からの使者たちは、そんな氷河と瞬の様子に途轍もなく大きな不安を覚えることになったのである。 「こんな奴等を聖域に連れてって大丈夫なのかよ? 聖域がピンク色に染まるぞ」 「まあ、潤いがなくなりがちなところだし、それもいいんじゃないか」 そう答える紫龍の声と表情は、言葉とは裏腹に 激しく引きつりまくっていた。 彼は、そういうことには、どちらかといえば硬い男だったのである。 アテナは、氷河は聖闘士になる資質は十二分に備えているのだが、その心が聖闘士のものではないのだ――と言っていた。 戦う理由、守るものを与えてやらなければ、彼は聖域に来ようとも聖闘士になろうとも思わないだろうと。 では諦めるのかと問うた星矢たちに、彼女は満面の笑みを浮かべて首を左右に振ってみせたのである。 「どれほど頑なな心も、絶望に支配された心も、愛を与えられれば変わるし、動くものよ。私はそれをワルハラ宮に置いてきたわ。まあ見てらっしゃい。ひと月もしないうちに、氷河は聖域で聖闘士になりたいと言い出すから」 ひと月どころか半月で、氷河は落ちた。 星矢と紫龍はその事実を目の当たりにして、今はこの場にいないアテナに思い切り ひれ伏したくなったのである。 「すげーなー。ほんとに愛って万能だな」 「氷河は、いかにもペシミストという感じだったんだが」 「氷河もだけど、瞬の変わりようときたら! あんなに助平な男を嫌ってたのに。氷河って、どう見ても助平だよな?」 少々こめかみを引きつらせつつ、だが紫龍は星矢の意見に賛同しないわけにはいかなかった。 瞬を見詰める氷河の目――だけでなく、氷河を見詰める瞬の瞳にも、絡み合いながら燃えさかる恋の欲望が見てとれる。 氷河と瞬から目を逸らしたところで、その事実は否定できるものではなかった。 「何にしてもさ、うん、愛ってすごいよな」 それは、どんな人間の心にも生じるもの。 どれほど空虚な人の心の内にも――そんな人間の心の内にこそ――それはいつも生まれ成長したがっているものなのだ。 『愛』を 星矢はしみじみとアテナの強さの訳を理解し、死ぬまでアテナにだけは逆らうまいと、固く決意したのである。 実際、アテナはその力を有効利用して、彼女の聖闘士を一人、人材不足の聖域に増やすことに成功したのだ。 氷河は、彼の愛する人を見付けた。 守りたい人を見付け、戦う理由と生きる目的を見付けた。 愛する人の側にいて、その人を守りたい。 人はそんなことで生きていけるのだ。 否、人はそんなことのためだけに生き、戦うべきなのだろうと、眼差しでいちゃつく氷河と瞬を見やりながら、星矢と紫龍は思ったのだった。 Fin.
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