瞬王子は、花の姿を見ることができるようになりました。 日ごとに その表情を変える空を、海を、見ることができるようになりました。 そして、悲しみと苦しみが世界に満ちているのを見ることになったのです。 けれど、瞬王子は決して不幸ではありませんでした。 世界には悲しみと苦しみが満ちていましたが、そこにはまた、喜びも数多く存在していたのです。 人は、悲しみや苦しみにだけ目を向けがちですが、喜びや楽しみも、見ようと思えば見えるもの。 悲しみや苦しみを見ることができるから、人は それを消し去るための努力もできるのです。 瞬王子は、氷河にもらった光で、世界のすべてを見ました。 その中にはもちろん、瞬王子があれほど見たいと願っていた氷河の青い瞳もありました。 瞬王子は、その瞳に出合うたび幸福な気持ちになり、そしてうっとりしました。 「ああ、思っていた通り。氷河の瞳はとても綺麗」 「俺の目に映っているおまえが綺麗なんだろう」 「そんなこと……」 そのたびに、氷河がふざけている様子もなく真剣な目をしてそう言うので、瞬王子はとても困ってしまうのです。 アテナの決めた瞬王子の永遠の伴侶ですから、瞬王子の兄君も二人の仲を認めないわけにはいきませんでした。 瞬王子の横に可憐なお姫様が立つことを願っていたのに、アテナが選んだのは、王族でもなければ貴族でもなく、金持ちですらない、ただの兵卒。 瞬王子の兄君としては、幸福そうな瞬王子の笑顔を見るたびに癪な気分にならざるを得なかったのですけれどね。 けれど、瞬王子の兄君には、二人を引き離すことはできませんでした――しませんでした。 それがアテナの意思に反することだから――という理由のためだけではなく――。 氷河の他には誰も、自分に与えられている光を瞬王子に贈ろうとした者はいなかったのです。 誰も、それを願わなかった。 氷河以外の人間が瞬王子に贈ろうとしたものはどれも、我が身の外にあるものばかりでした。 我が身を損なってまで瞬王子の幸福を願う者は、氷河の他にはただの一人もいなかったのです。 瞬王子への氷河の愛情だけは疑いようもありません。 そして、人を幸福にするのは、結局のところ、金や宝石や地位などではなく愛情なのだということを、瞬王子の兄君は(悔しいことに)ちゃんと知っていたのです。 世界には悲しみと苦しみが満ちています。 けれど、瞬王子は、氷河の瞳に自分の姿が映っているのを見ると、どんな悲しみや苦しみも乗り越えられる力が自分の内に生まれてくるような気持ちになるのでした。 そんな気持ちを、人は“希望”と呼ぶのです。 Fin.
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