一元論






初めて瞬と身体を交えた時――交えようとした時、俺は無理だと思った。
瞬の身体は、この行為に耐えられないだろうと。
聖闘士の何のと言ったところで、瞬はまだ10代半ばの――ていに言えば、発育途上の子供だ。
細くて、白くて、聖闘士であるということを抜きにしても――逆に加味しても――その年齢の男子としては華奢に過ぎる。

何より、瞬は――いくら その顔立ちが少女めいていても、どれほど その肌が繊細でなめらかでも、俺と同じ男で、身体の構造そのものが 俺とそういうことができるようにはできていない。
俺は瞬が好きでたまらなかったし、俺と瞬の性交が絶対に不可能ではないことも知ってはいたが、それは諦めようと思った。

俺は瞬の身体を傷付けることしかできない。
身体を傷付けることで、瞬の心までを傷付けてしまったら――瞬に取り返しのつかない傷を負わせてしまったら――俺は自分の我儘な欲望を後悔するだけでは済まないだろう。

幸いなことに――あるいは、不幸なことに――俺は男で、射精するだけなら、何とでもなる。
「やめよう、やはり。無理だ、おまえには」
瞬は、俺の前に裸体をさらすだけでも相当の勇気が要っただろう。
その身体を俺にくまなく愛撫されるだけでも、どれほどの羞恥に耐えてくれたことか。
瞬は そのすべてを俺に委ねてくれたんだから、俺はそれだけで満足すべきだと思ったんだ。

だが、瞬は・・俺に・・無理を強いた。
愛撫の手を止め、瞬の隣りに横になろうとした俺の腕に細い指を絡めて、瞬が理のない理を言い募る。
「僕は、こんなに氷河が好きだもの。僕の身体は氷河を受け入れられるようにできているはずだよ!」
それでも無理だと、俺は言ったんだ。
だが、瞬は俺の首に両の腕をまわし、懸命に俺にねだった。

あの時、俺は、瞬にレイプされたようなものだ。
だが、ともかく瞬は、あの細い身体の中に――瞬は本当に俺を自分の中に押し込めてしまった。
瞬の中に俺のものを挿入するのは、とんでもなく大変な作業だった。
瞬はずっと苦痛に顔を歪め、苦しそうに呻き、あるいは かすれた悲鳴を洩らしていた。

そんな瞬を痛々しいと感じているはずの俺の性器は、そんな考えとは裏腹に猛っていて、瞬の無理強いを拒めない。
やめた方が瞬のためだと思っているのは本心からのことなのに、俺の性器は――いや、俺の五感すべてが異様なほど猛っていた。
瞬の狭さは俺を拒んでいるようで、俺自身も痛いほどだった。
それでも、ここで瞬を本当に貫くことができたなら――文字通り 交合を完成させることができたなら、俺は瞬を俺だけのものにしたと確信することができるだろうという思いが、俺の中にあったことは否めない。

俺を瞬の中に向かわせたものは、性欲ではなく、瞬への独占欲、所有欲だったろう。多分。
それは俺の本意だったんだ。
それは、恋をしている者には、ある意味 自然な欲でもあると思う。
だが、瞬は――。
瞬もそうだったとは、俺には断言できない。
まるで瞬の身体を引き裂くようにして、俺自身を瞬の中に押し進めている間、なぜ瞬は これほどの苦痛を自ら求めるのかと、俺は奇異の念さえ覚えていた。
それでも瞬にせがまれるまま、それを瞬の中に収めようとしたんだから、瞬の身体への俺の気遣いなど、本当は口先ばかりのものだったのかもしれない。

天国への門は狭く、その門を通るのは駱駝が針の穴を通るよりも難しい。
瞬の中に俺自身を収めきった時、俺はよりにもよって聖書の言葉を思い出していた。
入ってしまうと、瞬の中は、どこぞの永遠の至福の苑なんか及びもつかないほどの楽園だった。
瞬の身体の内側は、熱くぬめって、俺に吸いつき絡みついてくる。
外からは、細い腕と悩ましく響く喘ぎ声が、俺を瞬に縛りつけようとする。
俺は、あんなに瞬を傷付けることを恐れていたのに、瞬との交合に狂喜して――いや、むしろ、あの時の俺を支配していたのは狂気の方だったろう。

狂気のように、俺は瞬の熱と肉を貪った。
瞬の泣き声も悲鳴も、もう俺の快楽を高めるための演出でしかない。
『俺のものだ。おまえは俺だけのものだ』と、俺はもしかしたら、声に出して言ってしまっていたかもしれない。
もし声に出してしまっていたとしたら、瞬はそんな俺をどう思っただろう。
瞬の健気に応えるために、俺はもっと違う言葉を瞬に与えるべきだったろうに。
あの時 俺は、瞬を自分のものにできた歓喜のせいで、本当に狂っていたんだ。

俺のその狂気が治まったのは、俺が耐えに耐えていたものを瞬の中に放ってからで、瞬は、その瞬間 安堵したような表情を浮かべた。
瞬はその時、俺との交合に、快楽とか歓喜とか、そういったものを感じてはいなかったと思う。
瞬は弱々しい声で、
「ほら、できたでしょ」
と、かすれた声で言い、つらそうに微笑んだ。

「ああ」
瞬にそう告げられた時、俺は、呆然としていたのか、陶然としていたのか――。
俺と瞬の間で本当に交合が成立してしまったことに、俺は――そうだな、やはり呆然としていたんだろう。
この尋常でない快楽と官能。
瞬の心と瞬の身体。
これが本当に俺のもので、本当に俺が独り占めしていいものなのかと、俺は あまりの僥倖に混乱さえ覚えていた。

俺が瞬に頷き返すと、瞬は嬉しそうに――だが弱々しく、
「よかった……」
と、囁きとも呟きともつかない声を残して、そのまま吸い込まれるように意識を失ってしまった。

瞬にはそれが――俺と身体を交えることが――そんなに重要で必要なことだったんだろうか。
眠っているというより、張り詰めていた心がぷつりと切れて意識を失ってしまったような瞬の、少し青味を帯びた瞼を見詰めながら、俺は思った。






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