「わかったろう。おまえは、この行為に関しては、どちらかといえば淡白な方なんだ。10日も俺を放っぽっておいて平気だったくせに、どうすれば自分が色情狂だなんて、馬鹿げた誤解ができるんだ」
「あ……」
瞬が淡白というのは どう考えても間違った評価だが、嘘も方便と言うからな。
瞬のための嘘なら、神も許してくれるだろう。

「へ……平気なんかじゃなかったよ! 氷河を避けている間、僕がどんなにつらかったか――! つらくて、苦しくて、泣きたくなって、熱くて、痛くて……!」
瞬の正直の美徳は、実に得難い美徳だ。
俺を避けている間、瞬は いったいどこが熱くて痛かったんだ?
そのあたりのことを、瞬には是非 詳細に説明してもらいたかったんだが、俺はそれは後日の楽しみにとっておくことにした。
今は、瞬の不安と懸念を完全に消し去ることの方を優先させなければならない時だ。

「それはよかった。なら、おまえは淡白というほどではないのかもしれないな。普通より少し我慢強いくらいか」
俺の診断結果を聞いて、瞬は一瞬ぽかんとした顔になった。
それは瞬には にわかには信じ難い診断結果だったんだろう。
「そ……そうなの?」
比べるものを持たない瞬は、だが、俺の診断を信じるしかない。
そして、おそらく信じたいとも思っていたんだろう。
俺の横に寄り添わせていた身体を起こし、俺の胸の上に乗り上げるようにして、瞬は俺の顔を覗き込んできた。

「普通なの? 変じゃないの? 僕、ほんとにいつも氷河とのことばっかり考えてるんだよ……!」
瞬の目は真剣そのもので、俺は真顔を保つのに苦労した。
そんな不安そうな顔をして、そんなに可愛いことを言わないでくれと、俺は思ったんだ。
真顔を保てなくなって、にやけてしまいそうだ。

「戦いが起こったら、そうしてもいられなくなるだろう。おまえが俺のことを好きでいてくれるのなら、余暇に・・・俺のことだけを考えてしまうというのは、恋する者としては ごく普通のことだと思うぞ。少なくとも、俺はそうだ。何を見てもおまえを思い出して、おまえの手が触れたものだと思うと、階段の手擦りにもキスしたくなる」
「階段の手擦り――って、ぼ……僕は、そこまでは考えなかったけど……」
「……」

普通は・・・そこまでは考えないものなんだろうか。
普通とか、常軌・常道の類を気にしたことのない俺は、実を言うと、そういうことの判断にはあまり自信がない。
だが、まあ、そんな俺と瞬の恋の“普通”は、俺と瞬とで決めればいいことだ。

「おまえは、俺がおまえを好きなほどには、俺を好きでいてくれないんだろう」
俺がわざと落胆を装って そう言うと、瞬は慌てたように幾度も小さく首を横に振った。
そして、実に正直で現実的な意見を、真剣な目をして訴えてくる。
「だ……だって、階段の手擦りなんかより、本物の氷河にキスする方がずっとずっといいもの」

なるほど。
その考え方は、実に理に適っているな。
確かに、階段の手擦りよりは、本物の瞬の方がずっと触れていて気持ちいい。
「それは俺も同意見だ」
俺は笑って頷き、本物の瞬の身体を抱きしめた。

『自己の実現』と『恋人との一体感』のジレンマ。
『心』と『身体』の対立。
そんなものは、わざわざ難しく考えず、さっさと一つにまとめてしまえばいいんだ。
そうすれば、その瞬間から、どんな相克も背反もなくなる。
もし自分が寒さと孤独に震えるヤマアラシだったなら、俺は我が身を守るための針をすべて引き抜いて、瞬を抱きしめるだろう。






Fin.






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