そんなやりとりをしたばかりだったから、あんな悪夢を見たのだ――。
瞬が意識を取り戻した時、瞬の隣りに横になっている氷河の呼吸は、すっかり平時のそれに戻っていた。
瞬の身体の奥には、彼が瞬の中に入り込み去ったせいで生まれた疼きが、まだ少し残っている。
おそらく10分前後――。
自分が意識を失っていた時間を、瞬はそう推測した。
氷河は目を閉じてはいるが、眠ってはいない。
瞬は身体の向きを変え、氷河の腕に両手を絡みつかせた。

「氷河は……マーマに生き返ってほしい?」
「何を言い出したんだ、突然」
ゆっくりと目を開けた氷河が、僅かに顎を引いて、瞬の表情を窺ってくる。
瞬は、額を氷河の肩に押しつけることで、氷河が確かめようとしたものを隠そうとした。
「いいから答えて。マーマが生き返ったら嬉しい?」
「……どうかな。今の俺はマーマに心配をかけることしかできない」
瞬が突然そんなことを言い出した訳を、瞬の表情から探ることを、氷河は諦めたらしい。
彼は、そう言って再び目を閉じた。

「じゃあ、カミュはどう?」
「カミュも……彼が生き返って幸福になれるとは思えないな。カミュは生きるのが下手というか、あの頑迷さは――」
その先の言葉を口にしていいものかどうか、氷河は一瞬 悩んだようだった。
一度 言葉を途切らせてから、目を閉じたまま、低い声で その先を継ぐ。
「カミュが生きていれば――あの愚かなまでの頑迷さは、他の者の戦いの邪魔になっていたと思う。アテナの意思に反することをした自分自身を、生きていれば、カミュはいつまでも悔やみ続けていたかもしれないしな。おそらく、カミュは 自分を許すことができないまま、生き続けることになっただろう。なにしろ頭が固い人だったから。彼は、あの時死んでよかったんだ。カミュは生きていれば不幸になっていた……」
「……」

それが本心からの言葉でないことが、瞬にはわかっていた。
そう思うことで、故人の不運不幸を不運不幸ではなかったと思いたいのだ、氷河は。
彼の胸中に残っている彼の師は、未熟な弟子のためにその命を投げ出した情愛深い人物――なのだ、あくまでも。
「愚かな人でも氷河の大切な人でしょう?」
「なんだ。妬いているのか?」
瞬に絡み取られていない方の腕で、氷河が瞬の肩をシーツに押しつける。
そのまま瞬の身体を自分の下に敷き込んで、彼は微笑を刻んだ唇を瞬の唇を重ねてきた。
「まだ機嫌が直っていないようだな」
そう呟く氷河は、自分がまた瞬の機嫌取りの作業に挑まなければならないことが 嬉しくてならないらしい。

『おまえは気を失いやすすぎるぞ。俺が不相応に自信を持ってしまうじゃないか』
というのが氷河の口癖で、口ではそんなことを言いながら、彼はそういう自分とその恋人をまんざらでもないものと思っているようだった。
もっとも瞬は、自分を過敏だとか、失神しやすいたちなのだと考えたことはなかったのだが。
瞬はただ、氷河に愛撫されることで陶酔の中に引きずり込まされ、そのまま忘我の域に入り込むことが好きだったのだ。

死に至る瞬間とは、こんなふうなのではないかと思う。
陶酔を極める あの瞬間は、生きながら死を体験しているようなもの。
氷河だけが、瞬に“死”をもたらしてくれる。
だからこそ、瞬には 氷河の欲望と情熱が必要で、氷河の側でなければ自分は安らげないと思ってしまうのだ。






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