最後まで明るく楽しい話だけをして、ジュネが城戸邸を辞することになったのは、ほぼ夕方といっていい時刻だった。 瞬は、せめて夕食を一緒にと引きとめたのだが、ジュネは、 「もう、おまえの氷河の品定めは済ませたから」 と言って、掛けていたソファから立ち上がった。 「品定め――って……」 品定めも何も、この会談の間中、氷河はほとんどアンドロメダ島で聖闘士になった二人の会話の傍聴人だった。 そして、アンドロメダ島で聖闘士になった二人を、終始無言で見詰めているだけだった。 が、ジュネにはそれだけで十分だったらしい。 城戸邸の正面玄関で、氷河が彼女の肩にコートをかけてやると、それまでほとんど氷河を無視していたジュネが、ふいに低く呻くような声を洩らした。 「あたしは本当に……」 アンドロメダ島での瞬の女神が、悔しそうに唇を噛む。 「どうやってあんたを殺してやろうかと思ってたんだ」 「……」 多分そうだったのだろうと、氷河にも今ではわかっていた。 彼女は、驚くほど瞬の兄に似ている。 一輝と同じように彼女もまた、瞬がいたからこそ――運命によって、瞬という守るべきもの与えられたからこそ――これまで生きてこれた人間、生きる力を得てきた人間なのだ。 「瞬を頼んだよ。もう泣かせないでやっておくれ」 「ああ」 最初に出会った時の驚きと 合点のいかなさは、既に氷河の中からは消えてしまっていた。 瞬は出会うべくしてジュネに出会い、ジュネもまた、出会うべくして瞬に出会った。 氷河とジュネは、そういう出会いを果たした二人なのだ。 「彼女は、どこに帰っていったんだ。アンドロメダ島はもうないんだろう?」 車もいらないと言って、ジュネは自分の足で城戸邸の門を出ていった。 仮にもアテナの聖闘士である彼女に不埒な真似のできる者はいないだろうから、女性の一人歩きを心配する必要はないだろうという考えはあったが、そういえば彼女が今どういう暮らしをしているのかを聞いていなかったことを思い出し、ジュネのいなくなったエントランスホールで、氷河は瞬に尋ねることになったのである。 「沙織さんがホテルを手配してくれたんだそうです。明日は京都の神社仏閣見物に行くんだって言ってました」 兄弟子ならぬ姉弟子との会話の名残りか、瞬が丁寧語で答えてくる。 「聖闘士が神社仏閣見物とは」 古いものよりは新しいものに関心が向いていそうなジュネの意外な趣味に驚いて、氷河は薄く苦笑した。 そんな氷河を見て、瞬が――瞬もまた――ほっとしたような笑みを浮かべる。 そうしてから、瞬は、氷河にとっては思いがけないことを言った。 「よかった。氷河とジュネさんって似てるから、ものすごく意気投合するか、ものすごく反発し合うかのどっちかだと思ってたの」 「似てる? 俺があの下品な女にか」 それは、氷河には非常に不本意な評価だったのだが、瞬は冗談を言ったつもりはないらしく、氷河の反問に至極真面目な顔で頷いた。 「うん。二人とも、優しくて、強くて、綺麗で――」 「それが――」 それが、白鳥座の聖闘士とカメレオン座の女聖闘士の“似ている”点だというのなら、瞬にかかれば、大抵の人間は皆 似ていることになってしまうだろう。 氷河は、だが、白鳥座の聖闘士とカメレオン座の女聖闘士の別の――本当の――類似点を知っていた。 「その上、二人共、おまえが好きだしな」 「え……」 氷河のその言葉に、瞬が一瞬 大きく瞳をみはる。 そうしてから、嬉しそうに、はにかむように、瞬は その目許に微笑を浮かべた。 「うん……。僕も氷河とジュネさんが大好き」 大好きな二人が反発し合わず意気投合(?)してくれたことが、瞬は嬉しくてならないらしい。 瞬がこんな表情を浮かべてくれるというのなら、瞬が好意を抱いている すべての人間と意気投合してやってもいいと、その時氷河は心から思ったのである。 |