瞬がエスメラルダの待つ部屋に戻ることができたのは、夕食時といい時刻になってからのことだった。 スキュティア卿の未来の花嫁は、彼女の忠実な侍女と共に、自身のこれからの運命に怯えていた――怯えているようだった。 彼女は瞬の兄をスキュティア卿だと思っているのだから、エスメラルダは当然、瞬の兄に怯えていることになる。 瞬は、少々複雑な気持ちになったのである。 いずれにしても、瞬は、彼女に本当のことを知らせないわけにはいかなかった。 兄と氷河が何を企もうと、それは彼等の勝手だが、エスメラルダを騙すような行為に、瞬は加担したくなかったのだ。 「まったく呆れた話です。スキュティア卿が入れ替わっている。本当にすみません。さきほど体面の場でスキュティア卿の振りをしていたのは僕の兄です。どこをふらついているのかと思ったら、こんな北の果てに来て、こんな悪ふざけをしているなんて……!」 「え……?」 エスメラルダが、一瞬 きょとんとした顔になる。 そうしてから彼女は、かなり困惑したような眼差しを瞬に向けてきた。 彼女は、スキュティア卿に呼びつけられた瞬の口から、もっと重々しい口調で、もっと悪い知らせがもたらされるものと思っていたらしい。 「あの恐そうな人が、瞬のお兄様なの? 本当に?」 「ちっとも恐くなんかありませんよ。僕にはとても甘い兄ですから、エスメラルダさんにも優しくしてくれると思います」 「本当に、瞬のお兄様なの……」 「はい」 瞬と瞬の兄は、誰からも『似ている』と言われたことのない兄弟だった。 エスメラルダの疑念は至極尤もなものである。 瞬はエスメラルダを不安がらせないよう、できるだけ軽く明るい口振りで彼女の疑念を肯定し、頷いた。 そうしようと意図したよりも自分の口調が明るくなっているのは、いたずら好きのスキュティア卿や“弟には甘い”兄との思いがけない出会いのせいだったろう。 そんな瞬の瞳をしばし見詰めていたエスメラルダは、やがて――生まれ故郷の館を出てから初めて――やわらかい微笑を、その目許と口許に浮かべてくれた。 「瞬は、お兄様のことがとても好きなのね」 「僕たちは早くに両親を亡くして――兄は親代わりに僕を育ててくれたんです。妙な放浪癖があって家の者は迷惑ばかりかけられているんですけど。見た目はちょっと恐いかもしれませんが、見かけ倒しですよ。ほんとは、もう馬鹿みたいにロマンチストで、照れ屋でシャイで繊細で、そのくせ格好つけたがりで、見ていると とても楽しいですよ」 「ロマンチスト?」 一見した限りでは 無骨を極めている瞬の兄に、そんな美称(?)が冠されることが、エスメラルダには意外――というより不思議に思えたのかもしれない。 少し戸惑ったように、彼女は瞬に尋ねてきた。 「ええ。エスメラルダさんはスキュティア卿が入れ替わっていることは知らない振りをして、兄の相手をしてやっていてください。その間に、僕が、本物のスキュティア卿の人となりを探っておきますから」 エスメラルダは、それが瞬の兄と知って、偽者のスキュティア卿を恐れる気持ちが薄らいだらしい。 彼女の表情には、本物のスキュティア卿と偽者のスキュティア卿のいたずらを楽しむような明るさが浮かび始めていた。 |