ミケーネ王の許に『ご子息が聖域から姿を消した』という連絡を入れたのは、女神アテナその人だった。
事実は、兄に会うために瞬が氷河と共にコリントスに向かっただけ。
にもかかわらず、女神は、
「私は嘘は言っていない」
と主張した。

確かにそれは真実を告げた言葉だった。
もっとも、それが嘘だったとしても、アテナの言葉が生む結果は同じものだったろう。
さすがのミケーネ王も、神の言葉を疑うことはできなかったのだ。
唯一の息子の所在を見失い、死の可能性に怯えた王は混乱し、デルポイにもう一度 神託を仰ぐことをしたらしい。

そして、彼は、予言の神に仕える巫女たちから、
『豊かなミケーネ国の王たる幸運な男よ。王位をおり、すべての力を捨て、この世で最も貧しい者になれば、そなたの命を奪えるものは そなたの意思だけになり、そなたは真の心の平安を得られるようになるだろう』
という、二度目の神託を受けたのだった。

そうして――。
権力と命を秤にかけ、ミケーネ王は最終的に“命”を選んだのである。
ミケーネの王位には、『血にらず選んだ王』と言うアテナの後ろ盾を得た瞬の兄が就き、ミケーネの国情は少しずつ良い方へと向かっている。

父が王位を捨て王宮から姿を消したあとも、瞬は聖域に留まった。
なにしろ聖域には、瞬に憎しみを忘れさせてくれる強大な力の持ち主がいて、彼が夜毎 瞬を優しく抱きしめてくれるので、瞬は彼の側を離れることができなかったのである。






Fin.






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