実存哲学の祖ともいわれるキェルケゴールは、誰もが共有できる真理ではなく、『自分一人だけの真理』の存在を説いている。
セーレン・オービエ・キェルケゴール曰く、
「人間は、一人一人が異なった運命を与えられて生まれてくる。人は、他人の運命を肩代わりすることはできない。だからこそ、人は、それぞれが自分自身を深く見詰め、理解し、自分だけの人生を生きていくしかないのだ」

彼の言う『実存』とは自分そのもののこと。
そして、『実存を生きる』とは、自分だけに用意された運命を、誠実に懸命に生きるということ。
つまり、キェルケゴールの主張する哲学とは『 Going My Way 』という考え方なのである。

そういう意味で、“他者の真理”や“すべての人間が共有する一般的な真理”を全く尊重しない氷河の生き様は、真に実存的な生き方と言える。
彼の場合、問題なのは、“自分一人だけの真理”を周囲の人間にまで押しつけ、認めさせてしまうことだったろう。
その力の無謀なまでの強大さに、周囲の人間は否も応もなく巻き込まれてしまう。
瞬のように(ある意味では)大人しくて控え目な人間は、その力に抗する術を見い出せずに、いつのまにか氷河の運命共同体にさせられてしまっているのだ。

だから、もちろん、氷河の恋は実るのである。
そして、氷河は、自分の幸福に瞬をも巻き込み、是非もなく瞬までをも幸福にしてしまうのだった。

以上のことをかんがみるに、強い意思を持たない人間には“実存を生きる”ことは実に困難なことであると言えるだろう。
氷河に限って言えば、人間の人生を幸福なものにすることなど『ちょろい』ものであるに違いなかった。
彼は、そのための努力を 苦労と思わず努力することができ、しかも、決して 自分の夢の実現を諦めないのだから。

『天は自ら助くる者を助く』
それが、人生と恋の真理である。






Fin.






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