「あー……。私の歌で慰められるのなら」 『フィガロの結婚』で言うならば、浮気なアルマヴィーヴァ伯爵を寛大な伯爵夫人が優しく許す 愛のフィナーレ、『トゥーランドット』でいうならば、残酷なトゥーランドット姫が愛に目覚める怒涛の超山場。 そんな感動のクライマックスシーンに、突然 陽気なイタリア男が、遠慮深いのか図々しいのかの判別が難しい口をはさんでくる。 それまで彼を完全に無視しきっていたことも忘れ、星矢は、 「にーちゃん、空気読めてないなー」 と、彼の振舞いを非難することになったのである。 それはさすがに気の毒と思ったらしい紫龍が、彼のフォローにまわることになった。 「空気を読む以前に、彼は俺たちの事情を知らないわけだし――。もともと瞬の悩みは彼の手には負えないものだったんだからな。彼にアドバイスできるのは、せいぜい氷河の恋の悩みくらいのものだろう」 「どれほど恋に悩んでいても、俺はこの男のアドバイスだけは御免被る」 氷河の言い分は至極尤も。 星矢は、氷河の心底嫌そうな顔を見て苦笑することになった。 「にしてもさー。にーちゃん、歌しか芸はないのかよ? 歌以外で、イタリア風漫才とか、曲芸とか、何でもいいから瞬を笑わせられる何か。イタリアって即興演劇の本場だろ。俺たち、それを期待して、瞬をにーちゃんとこに連れてきたんだぜ」 「星矢……」 瞬は、その段になって初めて、星矢が自分を躁の気のあるイタリア人の許に連れてきた理由を知ったのである。 自分の仲間たちは、聖闘士にあるまじき悩みを悩んで暗くなっているアンドロメダ座の聖闘士を慰め励ますために そうしてくれたのだということを。 一度 きつく唇を噛み、頬に残っていた涙をすべて拭いとってから、瞬は空の方へと視線を投げた。 瞬が視線を投じた そこには、秋の青く澄みきった空の色と、優しく暖かい秋の太陽があった。 「オー・ソレ・ミオ……。オー・ソレ・ミオが聞きたい」 「オー・ソレ・ミオ?」 マンマの次に美しい人からのリクエストに、陽気なイタリア男は俄然 その瞳を輝かせることになった。 そんなイタリア男に向かって、瞬が初めて、翳りの全くない笑顔を見せる。 「僕の太陽は、ここにいる仲間たちなの。みんながいないと、僕は生きていられない。僕の仲間たちは太陽より輝いている」 瞬のその言葉は、イタリア人には ごく自然に受け入れられるものだったのだろう。 陽気なイタリア人は、瞬の友情讚頌に、瞬に負けず劣らず明るい笑顔で頷いた。 が、謙譲の美徳と『秘するが花』の文化に慣れ親しんでいる日本人には、瞬の直球ストレートな賛美は妙にこそばゆいものだったのである。 「瞬、おまえ、イタリア人より大袈裟だぞ」 嬉しくないわけではないが、くすぐったい。 そんな顔をしてぼやいた星矢に、 「だって、本当のことだもの」 瞬は、イタリア人より堂々とした答えを返したのだった。 瞬にそこまではっきり明言されてしまった星矢が、嬉しそうな照れ笑いをする。 そんな星矢に、氷河は思い切り機嫌を損ねた視線を向けることになったのだった。 氷河としては、ここで、瞬に、『みんながいないと』ではなく『氷河がいないと』と言ってほしかったのだ。 とはいえ、せっかく瞬の気持ちが浮上しかけているところに水を差すわけにはいかない。 氷河は、だから、懸命に自分の不満を抑えるべく努めることになったのだった。 氷河がなんとか自分を抑えきることができたのは、瞬が氷河にだけ聞こえるように、 「ありがとう。氷河、大好きだよ」 と言ってくれたからで、その一言があったからこそ、彼はせっかくの大団円を台無しにせずに済んだのである。 ごく小さな声で そう言ってくれた瞬の瞳の中に、氷河は――氷河こそが――、希望という名の太陽を見たような気がしたのだった。 イタリアから はるばる極東の島国までやってきたマザコン男は 歌が歌えるなら、それで何の不満もないらしい。 瞬のリクエストを受けるや、彼は、早速 澄みきった秋の空に向かって、声を張り上げ始めた。 そうして――地上に光を降り注ぎ、その光によって命と希望を育む太陽の歌が、晴れた秋の空に響き、高く高く昇っていったのである。 Che bella cosa na jurnata 'e sole, n'aria serena doppo na tempesta 嵐の過ぎ去った空に輝く太陽 なんて素晴らしいこの日 Ma n'atu sole cchiu` bello, oi ne' 'o sole mio, sta nfronte a te 'o sole, 'o sole mio sta nfronte a te sta nfronte a te けれど、もっと美しいのは もうひとつの私の太陽 あなたの瞳に輝く、私だけの太陽 私の太陽は、あなたの瞳の中で輝いている あなたの瞳の中で輝いている Fin.
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