アテナの聖闘士たちの許に戻ってくるはずだった 平和の日々。 確かに それは彼等の許に戻ってきた。 たった半日だけ。 つまり、氷河の見当違いな焼きもちは、翌日にはもう復活を遂げてしまっていたのである。 「氷河、ガラパゴス行きは諦めてくれたと思ったのに……」 平和の日々を堪能するつもりでラウンジにおりてきた星矢と紫龍を出迎えたものは、その日も 瞬の困ったような溜め息だったのだ。 「え? あいつ、まだガラパゴスに行くって言い張ってんのか? なんで?」 「うん、それが……。子供の頃、一度だけ動物園に連れて行ってもらったことがあったじゃない。夕べ、寝しなに、『あの時に見たペンギンが可愛かったね』っていう話をしたら、『じゃあ、二人でガラパゴスペンギンを見に行こう』とか言い出して――。氷河ってば、アンドロメダ島に限らず、僕の思い出全部に本気で対抗意識持ってるみたいなんだ」 「だって、あん時は、氷河も一緒だっただろ」 「二人だけの思い出じゃないと嫌なんだって」 「おい……」 本当に、瞬は、氷河のように面倒で傍迷惑な男のどこがいいのか――。 星矢は、思いきり嫌そうに その顔をしかめることになってしまったのである。 「僕は平気だし、連れていってもらえるのは嬉しいんだけど、氷河の体調を考えると、やっぱりガラパゴスは避けた方が賢明だと思うんだよね……」 そういう ぼやきをぼやくところをみると、瞬は、傍迷惑な男のガラパゴス行きをやめさせたいとは思っていても、面倒な男と別れるつもりはないらしい。 星矢はそろそろ、氷河だけでなく瞬の忍耐強さにも呆れ始めていた。 「嫉妬というものは、実に無限無尽蔵なエネルギー源だな。氷河の嫉妬のエネルギーで、向こう50年分の関東一円の電力くらいは まかなえるんじゃないか?」 「そんな電気の下で暮らすのは、俺は絶対に御免だぜ」 紫龍のジョークに相槌を打つ気力も、もはや星矢の中には生まれてこない。 「嫉妬や愛情や憎悪――そんなふうな心の働きをエネルギー変換できるのは、人間だけが持つ特殊能力だろう。人の心が持つエネルギーは無限だ。氷河がいる限り 人類は安泰、エネルギーの枯渇を案じる必要はないな」 「紫龍……まさか本気で言ってるんじゃないよね……?」 紫龍のジョークに笑う気力が湧いてこないのは、瞬も星矢と同様だった。 愛情をエネルギー源として 氷河が人の世の平和のために戦ってくれるのであれば、瞬としても、意欲的かつ行動的に己れの人生を生きようとする氷河の姿勢に 不満や文句はなかった。 しかし、氷河のエネルギー源は、愛情に端を発するものとはいえ 嫉妬と呼ばれる感情で、しかもそのエネルギーは地上全域ではなく特定の、ある一点にのみ集中的に投射されるものなのである。 その投射の目標地点である瞬はたまったものではない。 人類は安泰でも、瞬は嘆息を禁じ得なかった。 だが、もちろん瞬は、それでも そんな氷河が好きなのである。 氷河は瞬に生きる力を与えてくれる“大切な人”。 そんなふうに、人は互いにエネルギーを与え合って生きているのだ。 Fin.
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