今、僕は実年齢に相応な肉体を有していて 若さを失っていないし、僕は僕と氷河のもので、あの人のものにはなっていない。 だから、僕はまだ“そんな大人”にはなっていないんだろう――と思う。 “そんな大人”――自分のことしか考えられない大人――になんて、でも、僕がなれるわけがないよ。 僕は憶えてるもの。 そうしようと思えば自分を助けることができたのに、氷河が僕を助けることの方を選んでくれたことを。 ほんとは氷河は ちょっと意地を張っていただけで、人に自分のことをどうこうされたくなくて、それで そんなことを言ったんだってことは わかってる。 でも、その時、氷河が、他の誰でもない僕のことを思い出してくれたのは紛れもない事実なんだ。 そして、その事実が、僕に生きる力を与えてくれた。 人は一人でなければ生きていけるんだっていうことを、氷河は僕に教えてくれた。 「つまり、氷河は、瞬が初恋のばーさ……ご婦人に似てるから、瞬に惚れたのか?」 星矢が、まだ僕のことを話している。 星矢が僕たちのことを心配してくれるのは とっても有難いんだけど、星矢はもう少し自分のことも考えた方がいいんじゃないかな。 「聖闘士になって日本に帰ってきて、瞬に再会した時にはびっくりした。あんなに綺麗な目をした人は、他にはいないだろうと思っていたから」 「へーへー」 投げやりに氷河に頷いた星矢の矛先(?)が、今度は僕に向けられる。 氷河の初恋の話に呆れ疲労していた星矢の声は、大した攻撃力は有していなかったけど。 「瞬、おまえさー。なんで、こんな変態とくっついちまったんだよ」 「氷河と二人でいると、生きていたいって思えるから」 僕は即答して――即答してから、先に『こんな変態』っていう呼び方を否定すべきだったかもしれないって、思った。 でも、氷河の恋が少々特殊なものであることは事実だったから――結局、僕はそうするのをやめたんだ。 僕の答えを聞いて、星矢は意味不明って顔になった。 でも、ほんとは星矢もわかっているはずなんだ。 僕たちは、“僕たち”だから生きている。 “僕たち”だから戦い続けていられる。 その中で、僕にとっての氷河はちょっと特別だっていうだけのことなんだ。 星矢もそのうちに、そんな人に出会う。 その時、今の僕の気持ちを実感できる。 そして、思うんだ。 自分と、その人と、その人が生きている世界のすべてを、命をかけても守りたいって。 それが、“そんな大人”じゃない大人になることなんだ。 多分、きっと。 そんな気持ちを、僕は氷河に教えてもらった。 「瞬……怒ってるか?」 初恋の話をし終えた氷河が、心配そうに僕を見詰めている。 氷河は何を心配しているんだろう。 僕が、氷河のことを真性の変態さんだと思うとでも思っているのかな。 そんなことあるはずがないのに。 そりゃあ、氷河の初恋の相手が あの時の僕だったことには、ちょっと驚かされたけど。 ううん、ものすごく驚かされたけど。 氷河にそれ以上心配させないために、僕はゆっくり大きく首を横に振った。 『氷河の初恋の人は、ほんとはおばあさんじゃなく おじいさんだったんだよ』って、『僕の初恋は、僕より60歳も年下の綺麗な男の子だったんだよ』って、氷河に言ったら、氷河はどんな顔をするだろう? やっぱり言わないでいてあげるべきかな? ――そんなことを氷河のために迷っていられる僕は、今 とても幸せな人間なんだと思う。 Fin.
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