その時、夢が叶った瞬以上に紫龍が安堵することになったのは、幼い頃から胸に抱いていた夢が叶い 恋が成った氷河が、ひどく静かだったから――だった。 幼い頃の氷河の瞬へのこだわりが恋と呼べるものだったのかどうかは定かではないが、ともかく彼の長い片恋は ついに実ったのである。 狂喜して乱舞することまではしなくとも、アテナのいる場所で瞬を抱きしめるくらいのことは平気でやりかねないと思っていた男が、意想外に落ち着いていることに――落ち着いて見えることに――紫龍は心を安んじたのだった。 叶わぬ夢と思っていた夢が叶い、実らぬ恋と思っていた恋が実った感激は、氷河から言葉や感情の表出までを奪ってしまったらしい。 その胸中の嵐がどれほどのものなのかは察して余りあったが、一見したところでは、氷河は静かで、動きらしい動きがなく、それが紫龍に安堵の息を洩らさせることになった。 いくらアテナのお許しを得たことといっても、沙織のいる今 この場で 濃厚なラブシーンを演じられてしまっては、氷河当人はいいかもしれないが、他の仲間たちが少々 きまりの悪い思いをすることになる。 が、紫龍を安堵させた氷河の静かな振舞いは、星矢には困惑を招くだけのものだったらしい。 ただ静かに見詰め合っているばかりの氷河と瞬に、星矢は首をかしげ、僅かに顔を歪めることさえした。 「いろいろ 遠回しすぎて、俺には よくわかんねーんだけど――」 「つまり、氷河の夢は叶ったんだ」 「努力の方向を盛大に間違えていたにもかかわらず、ね」 「あ、やっぱりそういうことなんだ!」 紫龍と沙織の解説を受けて、星矢は初めてその事実を認めることができたのである。 星矢は、二人の親切によって、やっとはっきりした笑顔を作ることをし、そして、2、3度、大きく頷いた。 「いつも瞬を見てるってのも健気ではあるけどさ、そんなの努力とは言わないもんなー。まあ、氷河の夢が叶ったって、誰が迷惑を被るわけでもないんだし、それが誰のでも、どんなのでも、夢は叶った方がいいよな。夢が叶った奴を見てると、こっちまで嬉しくなるし」 努力は必ず報われるものではないし、夢は必ず叶うものではない。 諦めるということを決してせず、意地でも絶望を受け入れることをしない星矢でも、その事実は知っていた。それでも夢を見ずにいられないのが人間なのなら、夢は叶った方がいいに決まっている。 当人にも、当人の周囲の人間たちにとっても。 もちろん、夢の世界に逃げ込まず、現実の世界で正しい努力をした者限定で。 Fin.
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