「では、俺はハインシュタイン城の方に行く。食事は明日から頼む。日にパンが一斤あればいい。肉は自分で調達する」 これで水のような麦酒を飲まずに済みそうだと思いながら、ヒョウガが掛けていた椅子から立ち上がった時だった。 「都から来たの? すごく綺麗な人ね! すごい金髪!」 という、ほとんど歓声じみた声を響かせて、17、8歳の栗色の髪の娘が一人、倒れ込むような勢いで ヒョウガと村長が話をしていた部屋に飛び込んできたのは。 彼女は、どうやら村長の娘――のようだった。 そして、彼女は、ドアの向こうで父と客の話をずっと盗み聞いていた――正確には、その話が終わる時を待っていたらしい。 「これ、ラウラ。ご領主様のお使いでいらした お偉い方なのだぞ。なんという無作法をしてくれるのだ、おまえは!」 父親の言う通り、これは実に全く無作法の極みである。 当然のことながら、ヒョウガは娘の無作法を不快に思ったのだが、彼はかろうじて その不快の念を表に出すことはせずに済んだ。 村長と“ご領主様のお使いでいらした お偉い方”が使っていたテーブルは、本来は家族の食卓なのだろう。 彼女は、(もしかしたら)いつもの時刻にいつも通りの場所にやってきただけで、闖入者は自分の方(なのかもしれない)と、ヒョウガは娘の不作法を無理に好意的に解釈することにしたのである。 が、ヒョウガの自制と厚意に感動した様子も見せず、彼女は、ヒョウガの不快を増す言動を更に続けてくれた。 「この村には、ガサツな男か しょぼくれた男しかいないのよ。みんな粗末な麻の作業着を着て、こんな上等の服を着てる男もいない。だから、村の娘たちはみんな、自分をこの村から連れ出してくれる人が現われるのを待ってるの。明日から、あなた、この村の女の子たちに取り囲まれることになるわよ、きっと」 全く嬉しくない情報である。 結局 ヒョウガは、不快のために眉根を寄せることになってしまった。 特に美しいわけでもなく、不遜の他には人に誇れる美質を備えているようにも見えない、ありふれた若い娘――が、こんなふうに遠慮も礼儀も知らずにいられるのは、つまり、この小さな村では、村長の娘が頭を下げなければならない相手がいないということなのだろう。 ヒョウガは目立たない旅装で旅をしてきたつもりだったのだが、この村ではそれも上等の衣装の部類だったらしい。 『うるさい』と正直に言うこともならなかったヒョウガが、無表情を貫くことで 自身の不機嫌を彼女に伝える。 娘は、客の冷淡に少しひるんだようだったが、好奇心が恐れを凌駕したらしく、ヒョウガは、それからしばらくの間、村長の娘によって魔女裁判の取調べ審問もかくやとばかりに過酷な質問責めに合うことになった。 曰く、どこから来たのか、身分は貴族なのか平民なのか、地位はどういったものなのか、領地は持っているのか、裕福なら女中を雇う気はないか、妻帯しているのかいないのか、妻帯していないのなら妻が必要ではないか、妻帯しているのなら愛人は必要ではないか等々。 娘の舌鋒は、やがて、この村の生活は退屈で、この村には詰まらない男しかいないという愚痴に変化していった。 「うるさい、やかましい、静かにしろ、このガサツ者!」 と、ヒョウガが かろうじて彼女を怒鳴りつけずに済んだのは、村長のもう一人の娘――10歳になったかならずの妹娘――のおかげだった。 「そんなことないよ。村の人たちは みんな 親切でいい人たちだよ」 魔女がヒステリーを起こしているようにしか思えない姉の饒舌を遮って、素直な目でそう言う少女。 誰かを守るために命をかけて邪悪と戦うのが聖闘士なら、こういう善意の少女を守るためにこそ戦いたいと、ヒョウガは心から思ったのである。 |