瞬の護身術講座は、非常に好評だったらしい。 就業時間外の開催でも構わないのならと希望者を募ったところ、初回出席者30人の他にも受講したいという人間が大勢現われ、第二回、第三回と講座開催が決定し、それは速やかに実施された。 初回受講者が男性ばかりだった上、講師が稀に見る美少女ということもあり、第二回以降の受講者も男性が多かったのだが、そういった者たちの中から、氷河が懸念するような振舞いに及ぶ男は ただの一人も現われなかった。 喜ばしい事態だが、想定外の事態。 氷河の疑念と不審は、講座の回を重ねるにつれ 大きなものになっていったのである。 「俺だったら、ぜひ個別指導をお願いしたいとか何とか言って、瞬に近付こうとする。絶対にそうする。なのに、なぜ奴等はそういう行動に出ないんだ?」 「それができないから、独身やってる奴等なんだろ。その上、瞬は絶世の美少女。あのおっさんたちにしてみれば高嶺の花ってことなんじゃないか? 歳だって、瞬の父親で通るくらいのおっさんもいたし、自重してるんだろ」 「歳のいった男ほど、若くて美しい妻を手に入れようとするものだろう。歳がいっていて後がないからこそ、振られてもともと、当たって砕けろという気にもなるはずだ」 「当たって砕けたら、プライドが傷付く――っていうのもあるんじゃねーの? 受講者はエリート様たちが多いそうだし」 「自信はないのにプライドだけはあるのか? だが、そうだったとしても、二度とないチャンスなのかもしれないのに、何の行動にも出ないというのは不可解だ。俺には、奴等が全く理解できない」 「んじゃあ、あれだ。あの独身男たちは、瞬が実は美 「まさか」 もはや それ以外の原因は考えられないと言わんばかりの勢いで星矢が力説した最終結論を、氷河は極めて冷静に、そして 実にあっさりと却下してのけた。 瞬がこの場にいなくてよかったと、星矢は心から思ったのである。 瞬は、つい5分前、お茶をいれるためにラウンジを出ていったばかりだった。 星矢と氷河のやりとりを脇で聞いていた紫龍が、瞬がこの場にいないのを幸い、他人の振舞いを不思議がってばかりいる氷河に突っ込みを入れてくる。 「氷河。なら、なぜおまえは瞬に告白しないんだ? そうまで言うところを見ると、おまえは瞬に振られてプライドが傷付くことを恐れているわけではないようだが」 紫龍の突っ込みは、だが、それは氷河には不思議なことでも奇妙なことでもなかったらしい。 氷河は、動じた様子もなく、ほとんど即答といっていい答えを龍座の聖闘士に返してきた。 「俺は瞬と同じ屋根の下で暮らしているんだ。グラードの独身男共と違って、いくらでもチャンスがあるし、二度とチャンスがないわけでもないし――」 「チャンスはいつも今しかない。瞬が誰かのものになってからでは遅いんだぞ」 「……」 紫龍の指摘は1ナノメートルの反論の余地もなく正しいものだったので、氷河の顔が暗くなる。 「ま、あの婚活講座に出ている者たちの中には、そんな無分別と度胸を兼ね備えている男はいないようだったが、世の中には無謀な冒険に挑みたがる無鉄砲な男はいくらでもいるだろう。油断は大敵だぞ」 『他人の分別をあれこれと思い煩っている暇があったなら、自分の為すべきことをしろ』という紫龍の忠告に沈黙で答えることしかできない自分は 確かに奇妙だと、氷河は思うことになった。 |