人は何のために生きていて、何が人の真の幸せなのでしょう。 氷河とそんなふうに別れてから、瞬王子は毎日考え続けました。 瞬王子は、アルビオレ先生の許で、大勢の困っている人や 苦しんでいる人たちの手助けができることに喜びを感じていました。 けれど、誰よりも愛している兄君と氷河を、自分の我儘で悲しませ苦しめていることがわかっていたので、瞬王子は決して幸せではありませんでした。 幸せでないないということは つらく悲しいことで、瞬王子は毎晩 氷河と兄君を思って泣いていました。 なのに、瞬王子は、二人の許に帰ることはできなかったのです。 それは、瞬王子が自分の心を殺すことだったので。 きっと この世界でいちばん我儘で、いちばんプライドが高いのは自分なのだと、瞬王子は考えるようになっていました。 自分が今 幸せでないのは その罰なのだと、瞬王子は思うようになっていったのです。 そして、人は、おそらく自分を不幸にしても生きていたいと望むものなのに違いないと。 それは なんて悲しいことなのだろう――と。 瞬王子が、青ざめた頬に無理に微笑をたたえ、たとえ幸せでなくても確かに自分のものといえる日々を過ごしていたある日、アルビオレ先生が瞬王子の許に 一人の青年を連れてきました。 「どうも、最近 おまえは一人で無理をしすぎているようなので、おまえの手助けをしてくれる者を一人 雇うことにしたんだ」 そう言って、アルビオレ先生が瞬に紹介してくれたのは、とても綺麗な青年でした。 金色の髪と青い瞳の持ち主で、瞬王子の知っている ある人に とても似ていました。 瞬王子の知っている ある人と違うのは、その眼差しに 世界の多くのものを憎み挑んでいるような鋭さがなく、とても優しく温かく穏やかな印象の持ち主であること。 彼は、その優しく温かく穏やかな瞳で瞬王子を見詰め、 「すまん。決意するのに1ヶ月もかかった」 と言いました。 「氷河……」 「アルビオレに頼んで、ここで働かせてもらうことにした。プライドと野心を捨てるわけじゃない。ただ俺の国を手に入れるのに、おまえの兄のおまえを愛する心につけ込んだり 既に違う生活を始めている かつての国民をそそのかすのをやめることにしただけだ。それこそ、プライドのないやり方だからな。俺は、おまえに恥じないプライドをもって生きていける国を作る。そして、その国の王になる。今はまだない。永遠に実現しないかもしれない。その国の半分をおまえにやる。俺に、おまえの側にいる権利をくれ」 「あ……あ……」 氷河のその言葉を聞いた時、瞬王子の胸がどんなに熱くなったか、どんなに苦しくなったか。 きっと、それは、本当の恋をして、本当の幸せに出会った人にしかわからないことでしょう。 幸せが息を詰まらせるほどで、幸せが苦しいほどで、瞬王子はそんな自分が恐くなるほどだったのです。 「ぼ……僕は、氷河にあげられるものは、それこそ 目で見ることも、手で触れることもできない、夢と理想しかないの」 震える声で、瞬王子は氷河に尋ねたのです。 『それでもいいの?』って。 氷河は、すぐに頷いてくれました。 「それを半分、俺にくれ」 氷河の その言葉が終わらないうちに、氷河がその腕を差しのべてくれる前に、瞬王子は 彼の胸の中に飛び込んでしまっていました。 「僕は、氷河の国を作る手助けをするよ! 氷河の作る国こそが僕の国だから!」 二つに分かれてしまったと思っていた道が、また一つになったのです。 いいえ、もしかしたら、初めて一つになったのです。 それがどれほど素晴らしいことなのか、瞬王子と同じ歓喜を知っているのは、愛する人と、一つの幸福、一つの夢を共有できた人だけでしょう。 瞬王子は、その時、世界のすべてを自分の胸に抱いているような、そんな気持ちになっていたのです。 一つの夢と一つの幸せを、一つの愛で。 瞬王子は、とても幸せでした。 瞬王子の居場所が兄君に知れてしまい、一輝国王が直接 瞬王子を迎えにやってきたのは、それから更に1ヶ月が経った頃。 どうあっても瞬王子を王宮に連れて帰ると言っていた一輝国王が折れたのは、瞬王子の決意の固さもさることながら、『帝国の半分などいらない』と穏やかに、事もなげに言ってのける氷河の変貌に驚き圧倒されたからだったかもしれません。 そして、片手落ちな事業を進めている国王を責めることもせず、にこにこしながら、自分の診療所や河岸の難民村を案内し、瞬王子の仕事振りを褒めてくれるアルビオレ先生のせいだったかもしれません。 一輝国王は、弟の願いを叶えてやらないわけにはいかなかったのです。 瞬王子の下野を機に、一輝国王は公共事業の安全化対策にも力を入れてくれるようになりました。 帝国は、そうして、黄金期と呼ばれる時代に入っていったのです。 もちろん、氷河と瞬王子は、その心の中に、それはそれは美しい国を築きましたよ。 Fin.
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