それからの日々は、瞬が過去に経験した通りに到来し、そして過ぎていった。 仲間たちとの再会。 息つく間もなく始まる、戦うべきではない者たちとの戦い。 意地っ張りで可愛かった氷河は、クールの真似をしたがる青年になっていた。 日を追うごとに、瞬を見詰める青い瞳に熱がこもり始める。 瞬は、一度目の人生では気付かずにいたことに――だから安穏としていられたことに――気付いていない振りをするために力を割かなければならなくなった。 その頃には、瞬は既に悟っていたのである。 二度目の自分が、一度目の生を生きた自分より強くなることはできないのだと。 二度目の人生は、瞬に心的余裕をもたらした。 命をかけて限界まで頑張らなくても、一度戦ったことのある相手には 容易に勝ててしまう。 命がけで必死だった時には、その戦いが得難い経験になり、瞬を成長させることをした。 瞬は、戦うたびに強くなっていった。 だが、二度目の生を生きる瞬には、そういう成長が望めないのだ。 瞬は、アンドロメダ島を出る時 既に、一度目の生で冥界軍との戦いを経験した時と同じレベルの小宇宙を有していた。 そして、一度目の生を生きていた時とは異なり、その後の成長と力の増大はなかった。 ハーデスが言っていた通りに、瞬は汚れることもできなかった。 投げやりになれたなら どんなにいいだろう――と、瞬は幾度も思ったのである。 しかし、その思いは、いつも思うだけで終わった。 『ハーデスに支配されても、神ならぬ身の非力な人間のこと、仕方がないではないか』と開き直ってしまえれば――汚れてしまえば――ハーデスが“瞬”という人間への執着を失うことを、瞬は知っていた。 だが、そんな人間になることは、瞬にはできなかったのである。 “瞬”が冥府の王の依り代として使い物にならなくなった時、もしハーデスが“瞬”の代わりを別の人間に求めるようなことがあったとしたら。 その可能性を考えれば、瞬は、どうあっても自分がハーデスと共に死ななければならないのだと思わないわけにはいなかったのだ。 小宇宙や戦闘力の増大が望めないというのなら、瞬は、知恵と策で、ハーデスの傲慢な計画に抗するしか道がなかった。 瞬たち青銅聖闘士は、着実に“敵”に勝利していった。 瞬は、青銅聖闘士たちが勝利した敵の命を奪うことはせず、彼等にアテナの味方になることを説いた。 ハーデスとの聖戦に備え、一人でも多くの味方、少しでも多くの力を確保するために、“敵”に とどめを刺さずに説得する。 そうして 一度その命を救われても再び戦いを挑んでくる者はいたし、自らが倒そうとした人が真実のアテナだったと知って、自害する者や戦い自体から身を退く者もいた。 だが、救える者もいた。 彼等は生き延びて、アテナの側の戦力になってくれた。 アテナ陣営の味方を増やす作業は、人を傷付けることが嫌いな瞬には、戦うことなどより はるかに やり甲斐のある仕事で、また、心置きなく全身全霊を傾けて為すことのできる仕事でもあり――瞬は かなりの成果をあげることができたのである。 十二宮戦での黄金聖闘士たちへの対応には、瞬は 特に神経を使った。 黄金聖闘士たちを死なせることなく、彼等をアテナの味方にしなければならない。 黄金聖闘士ひとりが生きてアテナの陣営にいるか、死してハーデスの支配下にあるかということは、冥界軍との戦いにおいて 非常に大きな意味を持つことを、瞬は知っていた。 黄金聖闘士と青銅聖闘士の戦いの阻止はできないことが多かったが、最後の最後で、過去の経験(未来の経験)から得た知識と、過去の戦い(未来のアスガルド、海界、冥界での戦い)で培った力までをも駆使して、瞬は、彼等を説き伏せた。 自尊心が強く、少々頑迷なところのある黄金聖闘士たちの扱いは なかなか難しかったのだが、瞬は、二度目の生で初めて彼等に会った時 既に、彼等の性格や価値観を把握していたので、彼は なんとかその難事業をやり遂げることができたのである。 瞬は、二度目の人生で、アスガルド、海界、冥界での戦いに挑む前に、それらの戦いを経験した後の力を持っていた。 それ以上に強くなれないことは 認めざるを得ない事実だったが、一度戦ったことのある戦いで勝利を得ることは容易であり、また十分な余力を持って、瞬はその戦いを戦うことができた。 十二宮の戦いで黄金聖闘士たちを一人も死なせなかったように、アスガルドでは ジークフリート、シド、ミーメ、トールを救うことができた。 海界との戦いでは、カノンとソレントはもちろん、イオ、アイザック、クリシュナを救うことができた。 二度目の生でハーデスとの聖戦以前のすべての戦いが終わり、ソレントが 有事の際には必ず駆けつけると約束してジュリアンと共に償いの旅に出た時が、瞬が二度目の生を生き始めてから最も緊張し、いよいよ最大の決戦が始まるのだと気を引き締めた時だったろう。 一度目の生を生きていた時には、これでアテナの聖闘士のすべての戦いは終わったのだと信じ、氷河と抱き合って過ごした束の間の安らぎの時を、瞬は二度目の生では ただ一人で過ごした。 |