いったいどういう手段を使ったのか――氷河のひいおばあさんだという人は、僕の戸籍を日本国に作ってくれた。 一度、氷河のお父さんの実家に挨拶に伺ったけど、氷河のひいおばあさんは僕を見て、 「月の世界から来た天女を人間にしてのけたか」 と言って、愉快そうに笑った。 そして、僕に『逆かぐや』という有難い あだ名までつけてくれた。 若い頃は美しい人だったんだろう。 90歳を過ぎている今でも、和服をきちんと着こなして、彼女は明るく輝いていた。 こんなふうに歳を重ねたいと、彼女を見て僕は思った。 ともあれ、そうして僕は、普通の一人の日本人として生きることを始めたんだ。 住民票っていう書類では、僕は今は氷河のマンションに住んでいることになっている。 事実もその通りだ。 来年 大学入試を受けるために、僕は最近、高等学校卒業程度認定試験受験の準備を始めた。 普通の人間みたいに。 僕の知識はかなり偏っているから、少々苦戦してるんだけどね。 普通の人間として生きるってことは、喉が渇いたら水分を補給しなきゃならないし、おなかが空いたら食べ物を食べなきゃならないし、どこかに身体をぶつけると痛い思いもするけど、でも僕はどんなことも楽しくてならない。 僕は今では、アイスクリームを食べながら氷河と一緒に街中を歩くこともできるんだ。 みんなが僕たちを見るけど、それは僕の氷河がとっても綺麗だからで、僕を普通の人間じゃないんじゃないかって疑ってるからじゃないんだ。 それは、なんて素敵なことだろう。 「長いキスをしても、具合いが悪くならないって素敵。氷河に泣かされたり、痛い思いさせられたり、射精させられたりするのって、すごく楽しい! 気持ちいい!」 僕が声と身体を弾ませて そう言うと、氷河はぎょっとした顔で、 「そういうことは、人前で大きな声で言うんじゃないぞ」 って、僕をたしなめてきた。 僕たちはもう 僕たちの 「そういうことって、人前で言っちゃいけないことなの? どんなことなら言ってもいいの?」 「それはまあ……『氷河、愛してる』とか『氷河、大好き』とか、そんなことなら」 それは 氷河に痛い思いをさせられても気持ちいいってことと同じことだと、僕は思ったんだけど、僕は氷河の言葉に素直に頷いた。 そして、氷河が言ってもいいと教えてくれた言葉を口にした。 「氷河、大好き」 そしたら、氷河は、 「それは何度聞いても嬉しい言葉だ」 って言って、僕にキスしてくれたんだ。 普通の人間の作法って、まだよくわからないところがあるけど、でも、これから時間をかけて覚えていこうって思ってる。 不安がないわけじゃないけど、氷河が手取り足取り教えてやるって言ってくれてるから、きっと大丈夫だろうって思ってる。 『人はどこから来て、どこへ行くのか』 氷河のその答えは、『おまえに会うため』だった。 氷河はそう言ってくれた。 僕はその答えを最初に聞いた時、それは氷河だけの答えだと思ったけど、そうじゃなかったんだと、今では考えている。 僕がちょっと特殊な人間だったのは事実だけど、ある日突然 命を与えられ、世界に投げ出されるのは、僕も他の人も変わらないことだ。 人は もしかしたら誰でも、神とか運命とか、そういうものに操られるだけの存在なのかもしれない。 生まれる時も場所も、死ぬ時も死ぬ場所も、すべてを神に決められてしまっているのかもしれない。 でも、すべてを神に決められ操られていのだとしても、そんな世界の中で、愛すべき人を見付けられたかどうか、その人に愛してもらえるようになれたかどうかっていうことが、人の命の価値と存在の価値を決定することなんじゃないだろうか。 それこそが、人の幸不幸を決めることなんじゃないだろうか。 『人はどこから来て、どこへ行くのか』 僕が見付けた その謎の答えは、『僕は愛している人がいるから、ここにいる。人がどこから来て、どこにいくのかってことは、今 現に生きている人間が考える必要はない』だ。 今の僕は、神様の意図なんてどうでもいいって思ってる。 氷河が僕を見詰めて、笑っていてくれさえしたら。 Fin.
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