その日のバースディ・パーティーの席上、本来の主賓は 甘党でない男が いちばん大きくカットされたケーキをもらえるのが嬉しいかどうかはさておき、『群れるのは嫌いだ』と公言している男が、幼い頃の健気や素直を仲間たちに暴露され、弟に大絶賛されることを誇らしく思えるかどうかもさておいて、その日の瞬のバースディ・パーティーの主役は確かに一輝だった。 瞬が提供してくれる幼い頃の一輝の逸話は実に興味深く、涙あり笑いありの非常に楽しめるものではあったのだが、一輝に瞬をとられてしまった氷河が、『ハッピー・バースディ』の合唱が終わってからずっと ダイニングルームの壁際の椅子で自分の手を睨みつけているのが、星矢は先ほどから気になっていた。 「あんなに一輝の相手ばかりしてると、あとで氷河の機嫌取るのに苦労することになるのに。瞬の奴、わかってんのか」 「瞬はわかっているし、慣れてもいるだろう。普段、いつも一人占めしているんだ。氷河も、年に一度くらいは兄貴を立ててやってもバチは当たらんだろう」 星矢の心配を詰まらぬ心配と決めつけた口調で、紫龍が さらりと切って捨てる。 紫龍の意見には、星矢も賛同しないわけにはいかなかった。 「まあ、今回のことは、氷河が一人で藪をつついて蛇を出した、いってみれば自業自得だし、氷河がこんなことで挫けるほど繊細な奴じゃないことは わかってるけどさー」 恋のために惜しげもなくプライドを捨てられるほど強い男は、仲間の同情も得られないものらしい。 が、実際、氷河は、そんなものを必要としてはいなかったのである。 氷河は、瞬が一輝を鎌ってばかりいることに機嫌を悪くはしていたが、決してそのせいで落ち込んだり しょげたりはしていなかった。 『小指は僕で、中指は兄さん』 『僕と兄さんの間に どんな障害があっても、二人の間にどれだけの距離があっても、僕はきっともう一度 兄さんに会える――』 瞬が昔を懐かしむような目をして兄に告げた その言葉を、少し――否、かなり――切なく感じていただけで。 そうして、瞬は実際に 兄に もう一度会ったのだ。 兄のために懸命に すべてのことを耐え抜いて。 瞬にとって運命である兄に再会するために、瞬は生きて帰ってきた。 そのことに関しては、氷河も一輝の存在に感謝しないわけではない。 一輝がいなかったなら、氷河の幼い恋は永遠に成就することはなかったのだから。 『小指は僕で、中指は兄さん』 (さしずめ俺は、二人の間に懸命に割り込もうとしている薬指というところか……) 瞬や一輝のような特質を持たない氷河の左手の薬指は、中指と小指の間に 実に堂々とした様子で その存在を誇示していた。 この指に、人がエンゲージリングやマリッジリングをはめるのは、『左手の薬指が ほとんど使われることのない指だから、ずっと はめていても指輪が傷付かない』という身も蓋もない理由からなのだと、氷河は聞いたことがあった。 しかし、この役立たずの指が、古代ギリシャでは 心臓に直結する“愛の血管”のある指と言われてもいた。 その指に終わりのない輪をはめることで、人は永遠を夢見るのである。 役立たずの指で終わるか、永遠を実現する指になるか。 それは兄弟の絆とは異なり、運命で定められてはいない。 だが、だからこそ、兄弟の絆などに負けてたまるかと、氷河は己れの薬指に固く誓ったのである。 十数度目の、瞬の誕生日の夜のことだった。 Fin.
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