愛色の童話






昔々、世界のうんと北の方に それはそれは美しい国がありました。
それほど大きな国ではありませんでしたが、豊かな自然と資源に恵まれた国でした。
王室は国民を愛し、国民も王室を愛していて、政治的には とっても平和。
国が平和なら 経済も安定して発展するものですから、国民の生活も落ち着いていて、人心も総じて穏やか。
綺麗なお城に住む王室の方々は皆 美しく、それは北の国の民の自慢でもあったのです。

北の国の王室は美貌の血筋で、近隣の国々の王室に大層 羨まれていましたが、美しい人が、だからといって すべてに恵まれ、幸福であるとは限りません。
どんな美しい人たちだって、人生のすべて、生活のすべてが順風満帆というわけにはいきません。
どんな人にも、どんな家庭にも、欠けているものはあり、大なり小なりの問題が生じるものなのです。

たとえば、北の国の王室には、現在 王様がいません。
10年ほど前に、病で亡くなってしまったのです。
亡き王様には王子様がひとりいらっしゃいましたが、王様が亡くなった時、王子様は まだ 10歳にもなっていませんでした。
そういう事情で、現在の北の国は、王妃さまが 王子様の成長を待ちながら、摂政女王として国を治めています。
王子様は、お父様を早く亡くしたせいもあり、美しいお母様が大好きで、お母様なしでは夜も日も明けないありさま。
要するに、大層マザコンな王子様なのです。
お名前を、氷河王子様といいました。
そして、彼こそが、北の国の王室の大問題を担う(?)王子様だったのです。

この氷河王子様、『マーマ、大好き』『マーマ命』『マーマ、ナセグダー』と言っていた子供の頃は、それなりに可愛いかったのですが、お嫁さんをもらう年頃になっても、『マーマ、大好き』『マーマ命』『マーマ、ナセグダー』モードが続いていたので、周囲の者たちは大変困っていました。
一国の王子の最大の義務は、お世継ぎをつくることです。
国を治めることも大事ですけど、それはまあ、大臣だの お役人だのにもできることですからね。

王様、女王様、王子様等、一国の統治者のお仕事は、自国が目指す理想と指針を家臣や国民に示し、その通りに国が歩んでいるかどうかをチェックすること。
そして、問題があったら、その改善案を自ら提示するか、あるいは、よい考えを持つ他者に提案させること。
実際の作業や事務のあれこれは家臣たちが行なうようになっているのです。
それが正しい国のあり方というもの。
信頼できる有能な家臣を それぞれ適した部署に配置して、実務を委任することは、統治者の怠惰ではありません。
実際のところ、どんなに有能でも、たった一人の王様や たった一人の王子様にできることには限界があります。
一人の人間が一国の政務のすべてを執り行なうことは不可能なことなのです。
けれど、お世継ぎ作りだけは他人に任せることはできません。
こればかりは、王子様当人が実務に就かなければならないことなのです。

お世継ぎがいないのなら、この際 国の政体を王制から共和制に移行してしまえばいいじゃないか――なんて考えるのは、現代の人間の考え方ですよ。
王制が共和制に変わってしまったら、大臣や将軍といった高い地位に就く者たちを任ずる権利が、王室から議会に移ることになります。
そうなれば、現在 大臣や将軍等の地位にある者たちが、その地位と権力を失うことにもなりかねません。
ですから、北の国の綺麗なお城で働いている大臣や将軍たちは、祖国の繁栄と我が身の安泰のため、王子様にお嫁さんを持たせようと躍起になっていたのです。

王室のお世継ぎ ひいては、王室の継続を望んでいるのは、今現在高い地位にある彼等だけではありませんでした。
実は、北の国では、支配層である貴族や偉い大臣だけでなく、被支配層である国民も、特段 共和制への移行なんて望んでいなかったのです。
それはもちろん、氷河王子のお母様である女王様が大層聡明で慈悲深い方で、公明正大かつ国民の立場に立った善政を布いていたからです。
現状に大きな不満がなければ変化を求めないのが人間というものですからね。

もっとも、マザコンの氷河王子が王位に就いても、国民が同じ気持ちでいるかどうかは、今は誰にもわからないことです。
その時、北の国の民がどう思うかは、氷河王子の手腕次第。
国民も生活がかかっていますから、そのあたりはシビアです。
もし氷河王子が国民に生活の満足を与えられなかったりしたら、北の国に革命が起こることだってありえるでしょう。
それもまた運命というものです。

でも、それは氷河王子が王様になってからの話。
さしあたっての問題は、氷河王子のお嫁さんです。
氷河王子に、可愛くて気立てのいいお嫁さんを――というのは、氷河王子のお母様の願いでもありました。
けれど、氷河王子は、そろそろ恋の一つや二つ経験してもいいと思える年頃になっても、『マーマ、大好き』『マーマ命』『マーマ、ナセグダー』。
これでは話になりません。

お世継ぎがなければ、北の国の王室は断絶。へたをすれば、他国に併合されてしまうこともありえます。
とはいえ、もし 北の国が他国に併合されることになっても、他国からやってきた王様が良い王様なら、それで北の国にも北の国の民にも 何の問題もないんですよ。
けれど、その王様が、北の国の民の気質を理解しない王様だったり、本国の民のために北の国の民を奴隷扱いするような王様だったら大変なことになります。
いろいろ考えれば、やっぱり、王室にお世継ぎは必要。
それが、北の国の民のためなのです。

あれこれ 考え悩んだ末に、マーマ女王は、魔法使いに相談し、その力を借りて 氷河王子にふさわしいお嫁さんを見付けてもらうことにしました。
マーマ女王の考えを 様々な方面から批判することは可能ですが、それは無意味なことでもあります。
これは昔々にあったこと。
そして、昔々は、それが最も手っ取り早く効率的な問題解決方法だったのです。






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