瞬も、氷河王子も、北の国の家臣たちも、何が起こったのかが全く わかりませんでした。
何が起こったのかがわからなくて、びっくりすることもできないくらいでした。
ですから、氷の棺が 一瞬で 跡形もなく消えてしまったことに、その場で最も驚いたのはクールでかっこいい魔法使いカミュだったでしょう。
「へっ !? 」
他のどんな高位の魔法使いにも溶かすことのできない氷の棺。
その氷の棺を、指先一つで 跡形もなく消し去ってしまった瞬。
『この少年はいったい何者なのだ?』と、クールでかっこいい魔法使いカミュは驚愕しつつ疑いました。
クールでかっこいい魔法使いカミュは、『この子は、もしかしたら神なのか !? 』と、そんなことまで考えたのです。

瞬は、神ではなかったでしょう。
瞬は、ただ、クールでかっこいい魔法使いカミュより強い力を持つ魔法使いだったのです。
その魔法の名前は『愛』。
愛というのは、何よりも強い魔法ですよ。
どんな臆病な人間の胸にも勇気を生み、どれほど絶望的な状況に置かれた人間の心にも希望をもたらす、それは、死の呪縛よりも強い強い魔法なのです。
謙虚な瞬は、クールでかっこいい魔法使いカミュの魔法が 自分の愛の力で解けたなんてことは考えもしませんでしたけれどね。

「マーマ! 瞬……!」
誰よりも愛する人たちを、その命ごと取り戻すことのできた氷河王子の喜びは尋常のものではありませんでした。
もちろん、北の国の家臣たちも狂喜乱舞、欣喜雀躍。
中には、貴賓室で、手に手を取って踊りだす者もいたくらいでした。

「僕の心臓を捧げる以外に、棺を溶かす術がないだなんて、嘘だったんですね。あの……もしかしたら、僕と氷河の心を試そうとなさってたんですか?」
喜びに浮かれ騒ぐ者たちを ただただ ぽかんと見詰めているクールでかっこいい魔法使いカミュに、そう尋ねたのは瞬でした。
「さすがは我が国最高の魔法使い。すっかり騙されてしまいました」

瞬の瞳には涙が浮かび、その眼差しは クールでかっこいい魔法使いカミュへの尊敬の念でいっぱい。
強大な力を持ちながら、自覚のない者の恐ろしさ。
クールでかっこいい魔法使いカミュは、瞬の澄んだ瞳の前で ひやひやしていました。
へたに事実を追求されて、北の国最高の魔法使いが 自分のかけた魔法を解く力のない魔法使いだということがバレてしまったら大変です。
そんなことになったら、北の国最高の魔法使いの名に傷がついてしまいますからね。

「ありがとうございます! 氷河とお后様を助けてくれて」
クールでかっこいい魔法使いカミュの手を取って、涙と共に感謝の言葉を告げる瞬の小さな手の温かいこと。
クールでかっこいい魔法使いカミュは、自分が瞬の温かさに溶かされてしまうのではないかと戦慄したほどでした。
そして、思ったのです。
底知れぬ力を持つ この少年を敵にまわすのは危険だと。

クールでかっこいい魔法使いカミュは、復活成ったマーマ女王と、北の国の家臣団に向き直り、彼等に(実は、瞬に)厳かな口調で言いました。
「賢明な北の国の女王よ。よもや、互いの命をかけられるほど愛し合っている二人を引き裂くようなことはすまいな。それは、愚かで心無い者のすることだ。愛と深い思い遣りを知る氷河王子と瞬は、この北の国を見事に治めることができるだろう。また、二人の次代は、女王と氷河王子の理想を継承する者を育て、その者に委ねればよいこと。そうすることで、この北の国は永遠に栄え続けるのだ。女王の意思と希望は、永遠に受け継がれることになるのだ」

「偉大な魔法使いカミュに そう言っていただけると、本当に心強く思います。もちろん、私は、そのお言葉に従います」
マーマ女王が敬服しきってクールでかっこいい魔法使いカミュに そう告げたのは、この一連の出来事がすべて、北の国の王室を思うクールでかっこいい魔法使いカミュの深慮による策略だったのだと、彼女が思い込んでいたからでした。
事実はちょっと違いますけれど、現に クールでかっこいい魔法使いカミュがしたことは そういうこと。
クールでかっこいい魔法使いカミュの行為は、結果的に、マーマ女王や北の国の国民や家臣たちの悩みの種を消し去ったのです。
今では 氷河王子の傍らには、氷河王子が誰よりも愛している美しい恋人がいます。
クールでかっこいい魔法使いカミュは、見事に、北の国の憂いを一掃してのけたのでした。

そんなクールでかっこいい魔法使いカミュに感謝感激していたのは、命を永らえることができた瞬とマーマ女王だけではありませんだした。
「貴殿を誤解していた。貴殿の魔法は素晴らしい。これまでの無礼の数々を、どうか許してほしい」
と、氷河王子までが、丁重にクールでかっこいい魔法使いカミュに謝罪してきたのです。
「あ、いや、なに、それほどでも……」
ちょっと胸を反らして氷河王子たちに頷きながら、クールでかっこいい魔法使いカミュの胸は、本当のことがばれてしまわないかという不安で どきどきどき。
幸い、この大団円が あまりに鮮やかなものだったので、そんな疑いを抱く者は その場に一人もいませんでした。
クールでかっこいい魔法使いカミュは、心の底から ほっと安堵したのです。

その事件があってから、クールでかっこいい魔法使いカミュは、誰かに『クールでかっこいい魔法使いカミュ』と呼ばれると、『ただの魔法使いカミュと呼んでくれ』と答えるようになりました。
瞬の強大無比な魔法の力を目の当たりにし、上には上があることを思い知って、カミュはすっかり謙虚な魔法使いになってしまったのです。
その日以降、北の国の人々は、クールでかっこいい魔法使いカミュを、『ただの魔法使いカミュ』と呼ぶようになりました。

けれど、北の国の誰もが知っていたのです。
ただの魔法使いカミュが、氷河王子のマザコンを治し、二人の恋人たちに幸せをもたらし、そして、北の国の未来を守った、粋で慈悲深い偉大な魔法使いだということを。
その事件以降、すっかり謙虚になった魔法使いカミュは、ですから、以前よりずっと人々に尊敬される魔法使いになったのです。

そして、もちろん、氷河王子と瞬は いつまでも仲良く幸せに暮らし、美しい北の国は長く栄え続けましたよ。






Fin.






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