「そんなにぷりぷりするなよ。先生たちは、自分たちと一緒に戦った仲間を裏切り者じゃないと思いたいのかもしれない。察してやれ」 それでも 師たちの前で癇癪を起こし、裏切者を持ち上げる師たちに殴りかかっていかなかっただけまし、ミラクにしては上出来だと、サダルは思っていた。 もっとも、そんなことをしても、ミラクの反抗は聖域最強の青銅聖闘士たちに打ち砕かれることになっていただろうが。 ミラクは そうなることがわかっていたから――自分と師の間にある歴然とした力の差を正しく認識しているから――強硬に彼の師に抵抗していかなかった。その判断ができるほどには、ミラクは冷静でいるのだ――と サダルは思い、ミラクの分別と判断力に安堵してもいたのである。 が、サダルは、その程度のことで心を安んじたりなどすべきではなかった。 ミラクが聖域最強の青銅聖闘士たちの前から大人しく引き下がったのは、ミラクが、もっと とんでもないことを考えていたからだったのだ。 昔の戦友を庇う師たちの前から辞し、師にぶつけ損ねた苛立ちで周囲の空気を緊張させていたミラクは、握りしめた拳を振り下ろす相手として、とんでもない人物を持ちだしてきたのである。 あろうことか、ミラクは、 「こうなったら、教皇に直談判してやる……!」 と言い出したのだ。 サダルは、ミラクのその言葉を聞いて、全身を凍りつかせた。 「ば……馬鹿なことを考えるのはやめろ。教皇は、神のように慈悲深いかと思うと、悪魔のように冷徹なところもあって、二重人格なんじゃないかと噂されているような人物だぞ。温厚モードじゃなく冷徹モードの時に当たったら、俺たちは それこそ聖域から追放されかねない。俺たちの先生たちより強いかもしれない人なんだ。摩鈴さんの比じゃなく恐い。教皇に比べたら、まだ アテナの方が恐くないぞ、俺は」 ミラクの無謀な計画を断念させようとするあまり、自分が神への不敬にあたる発言をしてしまったことに、サダルはすぐには気付かなかった。 気付く前に、ミラクがサダルの不敬な発言に賛同してくる。 「そりゃあ、僕だって、教皇に比べたら アテナの方が全然恐くないけど、アテナになんて、どうやって会うんだよ。アテナはいつも聖域にいるわけじゃなさそうだし」 「そうらしいな」 だから諦めるしかないのだと、サダルは結論づけたかったのである。 しかし、ミラクは、サダルの そんなささやかな希望を、いとも たやすく粉砕してくれた。 「じゃあさ、先生たちがアテナ神殿に行く時、こっそりあとをつけてみたらどうかな? 先生たちがアテナ神殿に行くってことは、聖域にアテナが来てるってことだろ。その時アテナを掴まえて、僕たちにアンドロメダの聖衣とキグナスの聖衣をくれって頼んでみよう!」 瞳を輝かせて、アテナに会う算段を語り出したミラク。 そんなミラクの前で、サダルは思わず瞑目してしまったのである。 アテナに忠誠を誓う以前の信仰の癖で、サダルはその手で十字を切ってしまいそうになった。 「ミラク。おまえ、本気で言ってるのか? アテナに直談判?」 「僕はいつだって本気だぞ。これは、僕たちが聖闘士になれるかどうかっていう重大な問題なんだ。アンドロメダの聖衣とキグナスの聖衣に、僕たちの運命がかかってる。サダルも もう少し真剣になれよ!」 そんなことを言われても――と、正直 サダルは思った。 もちろん、胸中で そう思うだけにとどめたが。 ミラクに本音を告げることは、サダルにはできなかったのである。 サダルは、実は、聖域最強の青銅聖闘士である師やアテナや教皇より、ミラクに逆らって癇癪を起こされることの方が はるかに恐かったから。 そうして、結局、サダルはミラクに引きずられ、その日の3日後には、アテナ神殿に向かう師たちのあとをつけて、女神のいる神殿に忍び込むことになってしまったのだった。 |