氷河と瞬は、かろうじて聖域の内といえる場所にある、石と漆喰でできた小さな家に住んでいた。 望めば、聖闘士には、十二宮や教皇殿の近くにある大理石の小さな宮が与えられ、場合によってはアテ神殿の中の一室を使うことも許されるのだが、氷河は、『俺たちは夜になると、大きな声で寝言を言うから』という白々しい理由で、聖域の出外れにある戸建ての住居を求めたのだった。 翌日、しかも早朝、その家にやってきたのは、氷河たちと同時期にアテナの聖闘士として聖域に迎えられた、いうなれば氷河たちの同輩の星矢と紫龍だった。 「聞いたぞ。おまえ、夕べ、野外で瞬と いかがわしい行為に及んで、月の女神の怒りを買い、視覚を奪われたんだって?」 「まったく、アテナの聖闘士の恥だ。どうして、せめて屋内でできんのだ!」 氷河と瞬の家に入り込んできた星矢と紫龍が、氷河の顔を見るなり『おはよう』も言わずに 大声でまくしたて始める。 お祭り気分に浮かれているような星矢と 渋面をたたえた紫龍のその言葉に 全身を硬直させたのは、氷河ではなく瞬だった。 アルテミスに直接 許しを乞うか、アテナに仲介を頼む以外、氷河の視力を取り戻す道はない。 昨夜の出来事を余人に知られ 不名誉な噂を立てられる前に、どちらかの道を選んでくれと、瞬は氷河を説得していたところだった。 目が見えなくても何の不便もないから放っておけと言い張る氷河に困り果てていたところに、既にすべてを知っているような星矢と紫龍の言葉。 瞬は、慌てないわけにはいかなかったのである。 「ど……どうして、星矢や紫龍が そのことを知ってるの !? 」 「どうして知ってるかって――そりゃ、氷河から視力を奪った ご当人が教えてくれたからだよ。夕べ、アルテミスが聖域に姿を現わして、得意そうに宣伝していったんだ。教皇殿の辺りを真っ昼間みたい明るくして、聖域の住人を集めて、そこで、あの女神様が大演説をかましてくれたんだよ。以後、月の女神に対する振舞いに気をつけるようにとの ゴメイレイだった」 「さしものアテナも おまえ等を庇い立てできずに、顔を引きつらせているだけだった。アテナは放っておくように おっしゃっていたが、おまえ、そのうち、アテナに恥をかかせた不届き者として、黄金聖闘士たちの夜討ちを食らうぞ」 「黄金聖闘士のおっさんたち、いい歳して みんな独り者だからなー。この手のことはアテナより神経過敏なんだよ」 「黄金聖闘士にアテナ……アテナにまで知られちゃったの…… !? 」 青くなるべきか赤くなるべきなのか迷ったあげく、瞬は、身の置きどころをなくしたような泣き顔になった。 幸い(?)、極度の羞恥が瞬の涙を即座に蒸発させ、瞬は仲間たちに涙を見せずに済んだのだが。 そんな瞬とは対照的に、氷河は、非は自分にはないと信じきっている顔である。 彼は、恥じ入る様子もなく、アルテミスに毒づいた。 「あの馬鹿女神……!」 「馬鹿はおまえだろ! こんなことでアテナの聖闘士が視力を失って、これから どうやって戦うんだよ!」 「別に何の支障もない。なんなら、今、おまえにダイヤモンドダストをお見舞いしてやろうか」 氷河は全く懲りていないようだった。 星矢の面責にも 全く反省の色を見せず、それどころか、氷河は開き直りとも取れる態度を仲間たちに示してきた。 紫龍が、そんな氷河の前で、頭痛をこらえるように こめかみを指で押さえる。 「戦場が聖域なら、それで問題はないかもしれないがな。敵がアテナの本拠地である聖域にまで侵攻してくる事態は、聖域の存亡がかかった最終決戦の時のみといっていい、滅多に起こらない事態だ。だが、大抵の戦いは聖域の外――つまり、おまえの知らない場所で行なわれるんだ。戦いに、大いに支障はあるぞ。おまえは、まさか、最後の聖戦が勃発するまで、ここで寝て待っているつもりか」 少しは事態の深刻さを自覚しろという、それは紫龍なりの親切心から出た忠告だったろう。 が、それでも氷河は無反省の態度を消し去ることをしなかった。 「だが、まあ、さしあたってのところ、俺は瞬と寝ることはできるからな。あの女神が俺をいじめている時に、地上に攻撃を仕掛けてくるような無謀な神はいないのではないか? あの女神は、自分のいじめの邪魔をされるとヒステリーを起こしそうな女だったからな」 変なところで冷静に神々の心境と立場を分析判断してみせる氷河の図太さに、紫龍と星矢が呆れた顔になる。 「まあ……アテナも黄金聖闘士たちも、おまえは氷河に振りまわされているだけだって、それは わかってるから。泣かないで、たくましく生きろよ」 それ以上 氷河に意見しても徒労になるだけと悟った星矢と紫龍が、瞬を同情心のこもった目で見詰め、慰めの言葉を吐く。 そうして二人は、疲れた様子で恋人たちの家を出ていったのだった。 |