「サンタなんかいないんだ。やっぱりいないんだ!」
星矢の初恋は、恋の相手に一度も会えないまま、どんな接触も持てないまま、儚く散った。
雪がない分、かえって空気が冷たく冴えているクリスマスの朝。
この城戸邸でプレゼントをもらうことのできた子供は、我儘で傲慢な沙織お嬢様だけだった。
彼女の祖父によって屋敷に集められた子供たちは全員、いつもと変わらぬ 手ぶらの朝を迎えたのである。
エントランスホールに飾られた大きなクリスマスツリーの下にあるのは、バロック風の装飾を施されたコルクタイルの床ばかりで、そこには誰のためのプレゼントも置かれていなかった。

瞬は、『サンタなんかいないんだ』と突然大声で叫び出した星矢に、ひどく驚いたのである。
否、瞬が驚いたのは、星矢の大声にではなかった。
下ろす先を見付けられずにいるように腕を振り上げ、大声をあげている星矢の瞳が 何かで潤んでいるような気がして、瞬は何よりも そのことに驚かされたのである。
いつも元気で、誰よりも明るい星矢が、『サンタクロースがいない』くらいのことで、瞳に涙をにじませていることに。

瞬は、サンタクロースの存在を信じていなかった。
信じたことがなかった。
そんなものは いなくて当たりまえだから、いないことがわかっても悲しくはない。
瞬が悲しかったのは、いつもは太陽のように明るい星矢が泣いているからで、決して“サンタクロースはいない”という当たりまえの事実が裏打ちされたからではなかった。

「星矢、泣かないで」
「泣いてなんかいねーよ! どうせ、こんなことだろうとは思ってたんだ。サンタクロースがいないってことくらい、ちゃんとわかってたんだ。俺が泣くわけないだろ! おまえじゃあるまいし!」
そんなことを言って仲間を怒鳴りつける星矢の目尻から 涙がにじみ出る。
星矢が 本当に泣いていることに、瞬は愕然とした。
たかが・・・サンタクロースがいないくらいのことで、この星矢が。
意地を張ったように ぷいと脇を向いてしまった星矢の横顔を見詰めながら、瞬は、サンタクロースがいないくらいのことで 星矢はなぜ これほど悲しむのかを、必死になって考え始めたのである。






【next】