氷河と瞬が互いを避けるようになったのは――主に瞬の方が氷河を避けるようになったのは――それから更に数日が経ってからのこと。
氷河が瞬を“見聞を広げる場所”に誘っても、瞬は、体調不良を理由に氷河の誘いを断るようになってしまったのである。
現に瞬の顔色は悪く、氷河も瞬を無理に外に連れ出すことはできなかったのだろう。
氷河と瞬の“お付き合い”は立ち消えになり、二人はすっかり“お付き合い”を始める前の二人に戻ってしまった。
否、二人は、むしろ以前より親密さが薄れてしまったような感があった。

「瞬がおかしくなりだしたのって、例の国会図書館以降のことだよな? 図書館で何か事件があったとも思えないけど」
「そうだな。瞬はともかく、氷河の方は、何もないことの方が問題のようだし」
「氷河は瞬と違って、健全な肉体に不健全な精神が宿っている、ごく一般的な若い男だから、置いとくとしてさ。問題は瞬の方だよ。瞬のあの“人を傷付けるのが恐い病”はどうにかならないのか」
誘ってくれる人を毎回拒んでいたら、瞬も氷河に対して気まずさを覚えることになるだろう。
氷河は氷河で、瞬に しつこい男と思われたくないという考えが生じて、瞬に近寄りにくくなる。
一度“お付き合い”をしてしまったことが、かえって二人を疎遠にしてしまった――という結果は、実に皮肉なことだった。
星矢は、そう思った。

ともかく。
そうなった原因と経緯はどうであれ、氷河と瞬が そんなふうに ぎくしゃくしている現状は、星矢と紫龍にとっても非常に居心地の悪いものだったのである。
こんな状態が続くことは、全く星矢望むところではなかった。
「瞬にその気のないのが問題なんだよな。氷河は欲求不満であんなことになってるんだから、瞬は いっそのこと 氷河にやらせてやりゃ いいんだよ。そしたら、氷河の奴は張り切って 目いっぱい頑張るだろうから、瞬も恐い夢なんか見てる暇がなくなって、不眠症解消。どっちの問題も一挙に解決するのにさ」
「それは実に素晴らしい解決法だが、実現は期待薄だな。氷河が好きになった相手は、なにしろ『地上で最も清らか』を売りにしている瞬なんだ。その瞬に、欲求不満解消のために協力してくれと頼むことは、いくら氷河でもできないだろう」

「やっぱ、無理かー」
無理だろうとは、星矢も思っていたのである。
氷河が、“地上で最も清らか”な人間だから瞬を好きになったのだとは考えにくかったが、それは氷河が好きになった瞬を構成する一つの重要な要素ではあるだろう。
あえて その要素を瞬から取り除くことは、氷河も不本意であるに違いないのだ。
瞬の“清らか”は もちろん精神面でのことであって 肉体の純潔とは無関係だろうが、人は何が原因でどこから堕落していくものかわからない。
氷河が瞬に欲していることが ある種の危険をはらんだ冒険であることは、星矢にも否定することができなかった。

「おまけに瞬は最近、罪悪感から逃れるためか、正教要理などというものを読み始めたようだ」
「セイキョウキョウリ? 何だよ、それ」
「ロシア正教の教えを指導するための教科書のようなものだな。今は瞬は、現世の喜びを否定するようなキリスト教なんかより、享楽的なギリシャの神々の信奉者でいた方がいいんだが……」
「キリスト教の教科書〜っ !? 駄目だ、こりゃ」
現状を知れば知るほど、氷河の恋の未来は暗いような気がしてくる。
星矢は、らしくもなく深く重たい溜め息を 盛大に多発することになった。






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