結局、その20日後 男の中の男にして 地上で最も男らしい男である城戸一輝は、無事に(?)グラード学園高校を卒業していった。
氷河に弄ばれたショックから何とか立ち直った瞬も、4月から晴れてグラード学園高校の一生徒として、星矢と同じ2学年に編入することになったのである。

「よかったな、瞬。これで、おまえは、あの おぞましい名前で呼ばれることもなくなる。最低でも向こう1年間は同じ学校の生徒として、俺と青春を謳歌できるというわけだ」
4月から、また あの不気味な黄色い声がグラード学園高校に木霊することになっても、それが『一輝ちゃん』でなく『瞬ちゃん』なのであれば、心臓への負担も神経への負担も 半減するというもの。
この状況は決してベストなものではないが、ベターなものではある。

沙織のグラード学園高校売名計画と、学校生活を有意義なものと信じる瞬の心。本当は学校になど行きたくはないのだが、それが瞬の望みなら叶えてやらなければならないと思う白鳥座の聖闘士の義務感。
それら すべてを考慮した、程よい妥協点が このあたりだろう。
完全に満足したわけではないが、これが大人の分別というもの。
そう考えて、氷河は瞬に向かって微笑んでみせたのである。
しかし、それに対する瞬の答えは、極めて素っ気ない――むしろ、ひどく冷たいものだった。

「氷河なんか、兄さんと仲良くしてれば」
「なに?」
「星矢、楽しみだねー。僕、やっぱり、星矢と一緒にサッカー部に入ろうかと思ってるんだ。仲間の気持ちを考えて、協力し合って、勝利のために邁進するチームプレイって大切だよね。互いの足りないところや弱いところを補い合って、互いを思い遣ったり、励まし合ったりして、みんなで頑張るのって、何より大事なことだよ。それで負けても、きっと頑張ってよかったって思える。せっかく学校に通ってるのに、帰宅部部員なんかしてる人って、なに考えてるんだろうって思っちゃう」

それは、瞬にしては上出来といっていいほど、ある人物(=氷河)への皮肉と嫌味で構成された言葉だったのだが、自分が瞬を傷付けたという自覚のない氷河には、瞬の発言の意図を完全に理解することはできなかったようだった。
しかし、そんな氷河にも、自分に向けられた瞬の一瞥が絶対零度並みに冷たいものだということだけは感じ取れたのである。

「なぜだ !? 瞬は何を怒ってるんだ !? 」
自覚のない氷河が、瞬の冷淡に強いショックを受けた様子で 仲間たちに尋ねる。
尋ねられた氷河の仲間たちは、しかし、ほとんど意味のない言葉で茶を濁すことしかできなかった。
「なぜって、そりゃ なあ……」
「うむ。これは致し方あるまい」
突然ベッドに押し倒され、健気にも(?)その気になって覚悟を決めたというのに、その健気な覚悟を華麗に無視されてしまった瞬が上機嫌でいられるわけがない。
が、今更 そんな事実を氷河に知らせても、それは詮無いことではあるのだ。

「まあ、色々あるのが青春ってもんだろ。せっかく瞬と同じガッコにいられるんだし、青春の苦楽と悲喜こもごもを 思う存分経験してみるのも一興ってもんだぜ、氷河」
星矢が、まるで青春そのもののように曖昧で捉えどころのない言葉で、氷河を励ます。
今 氷河の仲間たちが氷河のためにできることは、せいぜいそれくらいのことしかなかったのだ。


長い眠りについていた命が復活し、新しい希望が芽吹く季節、春――が、まもなくアテナの聖闘士たちの許にやってくる。
その輝かしい季節に、白鳥座の聖闘士が 瞬と楽しい青春の日々を過ごすことができるのかどうかは、春の女神にもわからないことだった。






Fin.






【menu】