氷河が 自分の姿が他人と違うことを強く自覚したのは、彼が 母を亡くして日本に連れてこられた時だった。 母を失ったショックで、ほとんど何も見えず、何も考えられない状態でいた氷河が、見知らぬ屋敷に連れてこられ、ふと顔をあげると、そこには大勢の子供がいた。 歳の頃は、氷河より2、3歳下から2、3歳上くらいまでだろうか。 数十人――もしかしたら百人に達していたかもしれない。 彼等は、そして、誰もが黒い髪と黒い瞳の持ち主だった。 まるで世間から身を隠すように母と二人きりで、ひっそりと暮らしてきた氷河が、母以外の人間と接触する機会を あまり持たなかったのは事実である。 だが、それでも、その見知らぬ屋敷に連れてこられるまでは、氷河の周囲には 様々な色の髪や瞳を持つ人間がいた。 黒色はもちろん茶色や白い髪、黒色はもちろん茶色や緑色の瞳。 氷河や氷河の母に似た色の髪や瞳を持った女性や男性もいた。確かにいたのである。 だが、氷河が連れてこられた そこには、黒い髪と黒い瞳をした子供しかいなかった。 背丈は それぞれに差があり、顔の造作も それぞれに異なる。 だが、彼等は、髪の色と瞳の色だけは 一様に同じ色をしていた。 その時、氷河は、子供というものは、黒い髪と黒い瞳をしているのが普通なのだと思い込んでしまったのである。 自分は普通ではない。 自分だけが普通ではないのだと。 それを、特に氷河の記憶力や判断力に問題があったせいだということはできないだろう。 むしろ、鋭い感受性と判断力を備えていたからこそ、氷河はそういう誤謬に囚われることになってしまったのだ。 城戸という名を冠した その家に、氷河に先んじて集合していた子供たちは、彼等に少し遅れてやってきた氷河の姿に、明確に奇異の目を向けた。 そして、ある者は、小さくひそめた声で、また ある者は音量を抑えることもせず、氷河の髪や瞳の色を様々に品評してくれたのだった。 「なんだよ、あの髪の色。染めてんのか? ガキのくせにヤンキーって奴?」 「染めてるんじゃないだろ。眉毛もおんなじ色だし。ガイジンだよ」 「あの髪、光ってなかったら、ただの白髪じゃん」 「あんなビー玉みたいな目で、ちゃんとものが見えるのかよ? なんか、気持ち悪いな」 等々、そんなことを。 氷河を その邸に連れてきた髪のない大人の男は、 「新入りだ。喧嘩はするなよ」 と言って、氷河を、黒い髪の子供たちの方に突き飛ばした。 『仲良くしろ』と言われたわけではなかったのだから、離れた場所から遠巻きに“新入り”を眺め、近付こうとしない彼等の態度は、大人の言いつけに忠実で素直なものだったのかもしれない。 その場にいる氷河の“先達”たちに、氷河もまた、『こんにちは』とも『はじめまして』とも言わなかった。 ここにいる子供たちが何者で、自分はなぜこんなところに連れてこられたのか、その説明さえ受けていなかった氷河にしてみれば、そんな挨拶さえ、口にしていいものかどうかの判断がつかなかったのだ。 氷河が一言も口をきかないせいで、城戸邸の“先達”たちは、氷河が日本語を解さず、話すこともできない子供なのだと思ったらしい。 最初のうちは 声をひそめて『気持ちわりー』と囁いていた者たちも、まもなく音量を抑えることをやめてしまった。 何を言っても氷河にはわからないのだという安心感からか、あるいは それは子供特有の無邪気な残酷だったのか、彼等は氷河に“外国から来た、異質な姿をした不気味な子供”という別称を与えてくれたのである。 自分はなぜここにいるのか、何のためにここにいるのか、自分が皆と違う姿をした化け物だというのであれば、そんな自分が なぜここから排除されてしまわないのか。 何もわからないまま、そこで 氷河は、一人きりの数日を過ごした。 誰とも口をきかず、失われてしまった母の面影を その脳裏に思い描きながら 一人きりで過ごした、恐ろしく孤独な日々。 もちろん、実際には 氷河の周囲にはいつも大勢の子供たちがいたのだが、だからこそ 氷河の胸中の『自分は一人きりなのだ』という意識は日を重ねるごとに強まり深まっていったのである。 |