「ハーデスも――いつかは本当に愛せる人に出会えるのかな……」 目的の荷物を積み込んだ船の足は速かった。 見る間に遠ざかる無憂の国。その王の城。 小さくなっていく島影を船の甲板から見詰めながら、瞬が小さな声で呟く。 そんな瞬の肩を抱いて、氷河は、『奴は、おまえを愛したんだろう』と言いかけ、そして、言うのをやめたのだった。 『一人で寂しい』などという言葉を、たとえ死んでも口にしなさそうな神が、瞬には告げたのである。 それは、ハーデスのような男には、『愛している』の一言より重く真剣な告白だったに違いない。 その言葉の本当の意味を、だが、氷河は、瞬に教えるわけにはいかなかった。 恋人や仲間たちの記憶を奪われても 瞬が憎まずにいる無憂の国の王の誇りを守ってやるために。 「そのうち、きっと」 代わりに無難な慰撫の言葉を告げ、やっと取り戻すことのできた彼の宝を、二度と誰にも奪われまいとするかのように強く抱きしめる。 「うん。そうだね。そのうち、きっと」 瞬の声には、心からの願いが込められていた。 氷河には、そう聞こえた。 そうして、二人は、孤独な王が君臨する無憂の国をあとにしたのである。 悲嘆や惨苦を忘れることができず、むしろ 生きるほどに それらのものが増すばかりの人間の国。 だが、だからこそ喜びや幸福を手にいることもできる人間の国に帰るために。 Fin.
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