夢を継ぐ者






アンドロメダ座の聖闘士、瞬。
俺は奴が嫌いだった。
と言っても、別に俺が奴に何をされたというわけじゃない――少なくとも、直接 何かをされたわけじゃない。
何かされたどころか、俺はアンドロメダ座の聖闘士に会ったこともない。
俺は、半年前に この聖域に来たばかりで、アンドロメダ座の聖闘士は聖域に常駐しているというわけじゃなかったから。
時々来てはいるらしいが、俺は奴に会いたいとも思わなかったし、そもそも俺は アテナ子飼いの聖闘士様に会いにいけるような立場にはない、ただの雑兵だ。
いや、ただの下働きといった方が より正確だろう。

俺が生まれたのはエチオピア。
アドワ山地の麓に近いティグレー地方にあるアクスムの町だ。
イタリア系エチオピア人の母とロシア系エチオピア人の父の間に生まれたハーフらしい。
『らしい』というのは、物心ついた時にはもう 俺には両親がいなかったから。
要するに俺は孤児だ。
俺は父母の顔すら憶えていない。
エチオピアは20世紀の中庸にイタリアの植民地だった時期があり、旧ソ連の半衛星国だった時期もあったから、俺みたいな子供ができたんだろう。
俺は、言ってみれば、エチオピアの歴史の生き証人みたいなものだ。

両親を早くに亡くした俺は、エチオピア正教会に付属している養護施設で育った。
そこは、俺と同じように その施設で育ち成人した人たちの善意の寄付で やっと運営できてるみたいな、ささやかな施設だった。
エチオピアは政情が安定していた時期がないといっていいくらい物騒で危険な国で、それは今も変わらない。
暮らしていられる場所があって、何とか食っていられたんだから、俺は恵まれた子供だったといっていいだろう。
世の中には、俺より恵まれている人間がたくさんいることは知ってたけど、むしろ俺より恵まれてる人間ばかりだってことは知ってたけど、でも、上を見てたら きりがない。
そして、見ようと意識しなくても、俺より不運で不幸な子供がエチオピアには いくらでもいた。
だから 俺は、親もなく、生き延びるのが精一杯の環境下でも、拗ねたり、ぐれたりせず、結構真面目に生きていた。
ちゃんと神様だって信じてたんだ。
エチオピアにいた頃は。

俺が拗ねたり ぐれたりせず、海賊にも山賊にもテロリストにもならずにいられたのは、夢があったから。
その夢を俺にくれたのは、俺がいた施設を時折訪ねてくれる施設の卒園生だった人。
アルビオレ先生――いつも優しくて、綺麗で、強かった あの人を、俺はそう呼んでいた。
『アルビオレ先生』と。
アルビオレ先生は、生まれたばかりの赤ん坊の頃に この教会の前に置き去りにされていた、俺と同じ孤児だったらしい。
髪が金色で、瞳が青くて――肌が少し浅黒い他は、アフリカの血を連想させる容貌はしていなかったから、多分、俺と同じようにロシアの血が入っていたんだろう。
もしかしたら、両親に望まれない子供だったのかもしれない。

でも、アルビオレ先生は、貧しい中で勤勉に勉強して――というより貪欲に勉強して、この地獄の国で生き抜くために身体も鍛えて、聖闘士というものになった。
聖闘士っていうのが何なのか、子供の頃の俺は よくわかっていなかったけど、それがすごい人だってことはわかっていた。
一度、アルビオレ先生が教会に来ている時に、教会が賊に襲われたことがあったんだけど、アルビオレ先生は一瞬で銃を持ってる賊10人近くを倒してしまったんだ。
倒したっていっても、殺したり、怪我を負わせたりしたわけじゃない。
全員 血の一滴も流さずに、気絶させてしまったんだ。
それは本当に一瞬のことで、俺は自分の目の前で何が起こったのか よくわからないでいた。
とにかく、ただただ その鮮やかな強さに圧倒されるだけで。
そんなに強いのに、アルビオレ先生は、普段は すごく穏やかで優しかった。
子供には特に優しくて、いつも夢や希望を持つことの大切さを説いてくれた。

諦めちゃいけない。
投げ出しちゃいけない。
せっかく与えられた命、その時間を無駄に費やしちゃいけないって。
それは、普通のエチオピアの子供なら鼻で笑うような綺麗事だ。
でも、俺を含めた施設の子供たちは、先生の言うことを素直に聞いていた。
だって、アルビオレ先生が そう言ってるんだから。
他の誰かじゃない、アルビオレ先生がそう言ってるんだから、俺たちは俺たちの人生を諦めちゃいけないんだって、素直に信じられたんだ。
そして、アルビオレ先生のすごい力は、聖闘士になるための修行によって身につけることができたものだと教えてもらった。

聖闘士っていうのは、基本的に 青銅聖闘士、白銀聖闘士、黄金聖闘士って、3つのクラスがあるそうで、アルビオレ先生は その中位に属する白銀聖闘士。
青銅聖闘士よりは強いけど、黄金聖闘士ほどの力はないと、アルビオレ先生は言っていた。
でも、アルビオレ先生より強い人がいるなんて、俺には信じられなかったし、実を言うと 今でも信じてない。
アルビオレ先生より強い聖闘士はいるかもしれないけど、アルビオレ先生より強い人はいないって信じてる。
今でも。
アルビオレ先生が亡くなった今でも。



■アルビオレ先生の設定は、ダイダロス先生のそれとは異なるものを採用しています。



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