氷河の長い忍耐と片思いの時は、ついに終わった。 氷河のどこがいいのかは知らないが、氷河の告白を思い出した瞬は嬉しそうにしているし、俺もこれで氷河のいじめから解放されるだろうし、めでたしめでたし、大団円。 そう、俺は思っていたんだ。 沙織さんが、瞬の神経が戦いのせいで まいっているのでなければ無問題だと考えるように、俺も、平和に飯が食えるようになるなら、氷河と瞬がゲイだろうがバイだろうがどうでもいいことだと思っていたから。 だというのに。 だというのに、ついに迎えた大団円の僅か5分後、氷河の馬鹿は、 「だが、だからといって、俺は貴様の無実を信じたわけじゃないぞ。それとこれとは別問題だ」 と言い出しやがった。 「あの夜、貴様が本当に瞬に何もしなかったなんて、俺が『はあ、さいで』と信じると思うなよ。瞬が隣りに寝てるんだぞ? 無防備に、すやすやと。それで何もしないというのは、まともな男なら まずありえない話だ」 あくまでも自分の価値観と行動規範を俺に当てはめようとする氷河に、俺は唖然とした。 氷河の言い草を聞いた星矢も、ぽかんと呆れ顔。 「んなこと言って、おまえさあ、もし あの夜、瞬が紫龍に何かされてたら、おまえは瞬を嫌いになるのかよ?」 「まさか。そんなことは天地が引っくり返っても ありえない」 「だろ? なら、今更 あの夜のことを ほじくりかえしたって、何の意味もないじゃん」 「……」 星矢の合理的かつ建設的な意見に、氷河はどんな反駁もしなかった。 瞬が不安そうな顔をして氷河を見詰めていたから、氷河としても、その場は引き下がるしかなかったんだろう。 「ああ、そうだな」 星矢にではなく瞬に、氷河が笑顔で頷く。 氷河があっさり引き下がってくれたことに安堵して、氷河の その笑顔が作りもののように完璧なものだったことに、俺はその時には気付かなかった。 氷河は、今でも俺の無実を信じ切れていないらしい。 俺が手にしたトーストは、今でも時々 凍りつく。 とはいっても、瞬が困ったような顔をして、 「氷河、そんなことしちゃだめだよ」 と たしなめると、2枚目以降が凍りつくことはなく、俺はコンビニに駆け込まずに済むんだが。 そう。 今でも――瞬を手に入れた今でも――氷河の疑念は完全には消え去っていないんだ。 その疑いの根拠は、『自分が そういう状況下にあったなら、絶対 瞬に あんなことやこんなことをしているはずだから』。 大層 立派な根拠だが、正直 勘弁してほしいと俺は思う。 俺を氷河のレベルにまで引き下げるようなことはしないでほしいとも思うが、こればかりは いかんともし難いことなのかもしれない。 人は結局、自分の価値観でしか物事を判断できない生き物なのだから。 俺の夢は、竹林の七賢。 騒がしい俗世を離れ、殺伐とした戦場を離れ、時折、同じように静けさや穏やかさを愛する友と清談を交わす。 財や名誉への欲を持たず、壮麗な館や華美な衣装も求めず、自分が食っていけるだけのものを ささやかな田畑を耕して得ることだ。 若いのに年寄りじみたことを言うものだと 人は呆れるかもしれないが、俺は この歳で既に常人の一生分の争乱、混乱、冒険を経験済み。 俺はもう どんな騒ぎにも巻き込まれたくないと、心から希求しているんだ。 憧れの 竹林の七賢。 静かな平和の中で過ごす、心穏やかな日々。 いつか俺の夢が叶う日はくるんだろうか。 信じて貫けば、夢は必ず叶うものだろうか。 本音を言えば、俺の仲間たちが俺の仲間たちである限り、それは見果てぬ夢のような気がしてならない。 Fin.
|