ともあれ、兄に『おまえは醜くない』というお墨付きをもらったシュンは、ヒョウガの前で顔を隠すのをやめてくれた。 シュンの兄は、弟が見付かった時のために新しく広いアパートを確保していたので、シュンはオペラ座を出て、いったん そちらに落ち着くことになった。 弟溺愛の兄は、 「貴族など信用ならん!」 と言って、ヒョウガに対する露骨な敵愾心を隠そうともしなかったが、最愛の弟に、 「でも、兄さん。ヒョウガがいてくれなかったら、僕はこうして もう一度 兄さんに会うことはできなかったんだよ。そうなったら、僕、きっと寂しくて悲しくて死んでしまっていたよ」 と言われると、何も言えなくなってしまうのだった。 シュンにとって、ヒョウガは“兄を生き返らせてくれた人”で、兄の命の恩人は、シュンにとって絶対の人。 その人の求愛を拒むことは、シュンには思いもよらないことだったらしく――ヒョウガは結局、どうしても好きになれそうにないシュンの兄のおかげで、生涯ただ一人の人と心に決めた恋人を 自分のものにすることができたのだった。 フレアには正直に あの声の主に恋をしたと告げた。 幸せしか知らない少女は、不幸になる術を知らない。 彼女は、 「幸せになってほしいわ。あなたにも、シュンにも」 と言って、静かに微笑んだだけだった。 おそらく彼女も以前から、自分とヒョウガとでは幸福になることはできないと感じていたのだろう。 フレアとは結婚しないと宣言すると、お家大事の前々ヘレフォード子爵夫人は、躾のなっていない小型犬のように甲高い声をあげ、孫をなじってきた。 ならば 子爵家を出ていくと告げると、今度は盛大な泣き落とし。 今となっては血のつながった 唯一の親族。そして、母の仇。 これまで愛憎半ばする気持ちで彼女を見ていたヒョウガは、だが、シュンの愛を手に入れたことで、彼女に同情心を抱くことができるようになっていた。 泣いたり怒ったり忙しい彼女と話し合い、子爵家にシュンの部屋を用意することを条件に、ヒョウガは祖母の許に留まることにした。 シュンは、今は兄との生活を満喫していて、いつ その部屋にシュンを呼び寄せることができるようになるのかは、ヒョウガ自身にも全く見当がついていなかったのだが。 おそらく、自分たちは、フレアのように幸福になるための特に優れた才には恵まれていない。 その上、互いに心を確かめ合うことができたあとにも、二人の恋の成就を妨げる障害は腐るほどあった。 弟の恋人を快く思っていない兄、孫の恋を理解できない祖母、甚だしい身分違いの恋を認めたがらない社会、同性同士の恋を許さない法と神。 問題山積。むしろ、二人の前途には障害しかないという状況だった。 だが――二人で力を合わせれば、幸せになることもできるような気がする。 そう思える人に出会えたことが、そして、そう思える人の優しい眼差しが、母を失ってからずっと 乾いた喪失感と欠乏感しか存在しなかったヒョウガの心を、今は温かく潤し満たしてくれるのだった。 Fin.
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