「人材交流の一環として、火の国の有能な若者を数人 この王宮に迎える話はしておいたな。こちらは その内の一人で、火の国の某伯爵家ゆかりの方だそうだ。今日から、おまえ付きの侍従として、おまえに つききりで仕えることになる。火の国は、我が国の最も重要な交易国にして友好国だ。互いの国のことを教え合い、理解を深め合うように」
そう言って、カミュ国王は 瞬王子を火王子に引き合わせてくれました。
『本当は盛大な歓迎の宴を催したいのですが』
カミュ国王は申し訳なさそうに そう言ってくれたのですが、瞬王子は、面倒な式典に時間をとられることなく、一足飛びに氷河王子の私室に連れていってもらえたことを、むしろ喜んでいたのです。

厳しい寒さや 春まで消えることのない雪に耐えられるように設計されているのでしょう。
氷の国の王宮は、華麗というより いかめしく重苦しい建物でしたが、城内は明るく暖かく、そして大国の威厳を誇示する義務を帯びているように、堅苦しいほど豪奢でした。
氷河王子の私室は、そんなお城の中にあって、比較的自由――型に はまった印象の少ない部屋で、開放的な雰囲気をたたえた部屋。
そして、氷の国の宮殿で瞬王子が これまでに見てきた どの部屋より いちばん明るい部屋でした。
それが他の部屋に比べて照明が多いからではなく、その部屋の主のせいだということを、瞬王子はすぐに理解することになったのです。

氷河王子は、素晴らしく見事な金髪の持ち主でした。
瞳は、晴れた夏の空の色。
瞬王子の幼な心に刻まれていた氷の国の王妃様と、何もかもが同じ。
瞬王子は、氷河王子を一目見た途端、胸がいっぱいになってしまったのです。
もちろん、氷河王子は、亡くなった王妃様より背が高くて、王妃様のようにほっそりと華奢な様子はしていませんでしたけれど。
そして、亡くなった王妃様のように優しい笑顔を瞬王子に向けてもくれませんでしたけれど。
氷河王子は むしろ、とても気難しそうで不機嫌そうな目をして瞬王子を睨みつけてきました。
氷河王子があまりに不機嫌そうな顔をしているので、瞬王子は もしかしたら自分の素性が氷河王子に知れてしまったのではないかと、びくびくしてしまったのです。

「これはまずいだろう」
『こんにちは』も『はじめまして』も言わず、氷河王子は開口一番に そう言いました。
「ま……まずいとは、なぜだ」
瞬王子の隣りで瞬王子と同じ不安に囚われていたらしいカミュ国王が、どもりながら氷河王子に尋ねます。
氷河王子は、難しい顔をしたまま、二度ほどかぶりを横に振りました。
「こんな子に俺の身のまわりの世話をさせるのは、どう考えてもまずいだろう。こんな綺麗で可愛い子が いつも側にいたら――」
一見したところでは そんなふうには見えませんでしたが、氷河王子の難しい顔は、実は瞬王子やカミュ国王同様、不安が作り出したものだったようでした。
もっとも、氷河王子は、瞬王子やカミュ国王とは全く違うことを心配していたようでしたが。

「いつも側にいたら、不埒な振舞いに及ぶとでもいうのか」
「そうは言わないが……」
「まあ、おまえの心配もわからないではないがな。私も、まさか これほど可憐で美しい――いや、我が国の王宮にあがるというので、火の国の王陛下は 火の国でも特に容姿の優れた者を選んでくれたのだろう。まさか 美しすぎて困ると文句を言って追い返すわけにはいくまい」
「そんなことをするつもりはないが……」

氷河王子の不機嫌が自分の素性がばれたせいではないことを知って、瞬王子はほっと安堵の胸を撫でおろしました。
そして、安心したら、瞬王子の胸は改めて大きな感動に支配されることになったのです。
ついに出会うことができた氷河王子は、美しく優しかった氷の国の王妃様と同じ輝くような金色の髪と 晴れた空のような青い瞳の持ち主でした。
夢見ていた通りの――いいえ、それ以上に美しい王子様だったのですから。

「おまえは紳士だな? まあ、そうでなかったとしても、これは、紳士としての精神修養にうってつけのシチュエーションと人材だ。心して励むように」
不安が杞憂だったことを知って、カミュ国王はすっかり気を安んじたらしく、完全にリラックスした様子で そんなことを言いました。

カミュ国王の その言葉を、氷河王子は冗談と思ったのか、真面目な激励鞭撻と思ったのか。
それは、瞬王子にはわかりませんでした。
氷河王子が真顔でカミュ国王に告げた、
「ああ。心して励むことにする」
という言葉が、冗談だったのか真面目な答えだったのかも。

「名前は」
氷河王子とカミュ国王の やりとりの真意が読み取れずに戸惑っていた瞬王子に、氷河王子が名を尋ねてきます。
問われた瞬王子の胸は、一瞬 大きく跳ね上がりました。
問われるだろうと思っていたことを問われた緊張のせいで。
「あの……すみません」
「すみません? 変わった名だな」
いったい氷河王子は冗談を言っているのか、真面目に言っているのか。
もし冗談のつもりで言っているのなら、せめて もう少し表情を緩めて言ってほしい――と、瞬王子は思ったのです。
一介の侍従の身で、まさか王子様に向かって そんな注文をつけるわけにもいきませんから、瞬王子は その件については何も言いませんでしたけれどね。

「いえ、そうではなく――僕の名前は瞬といいます」
「なに?」
氷河王子が、瞬王子の名を聞いて ぴくりと こめかみを引きつらせます。
その様子を見て、瞬王子は慌てて言葉を付け足しました。
「あ……あの、火の国では、僕の歳頃の子供には瞬という名前が多いんです。氷の国の王妃様が火の国の王子に授けてくれた尊い名前ですから、あやかろうと考えた者が多かったらしくて――」
「ああ、そういうことか」
名前を名乗る前に瞬王子が『すみません』と謝った訳を、瞬王子の おどおどしたような態度を見て、氷河王子はすぐに察したようでした。
『瞬』は 氷の国の王子の嫌いな――憎んですらいる者の名。
氷の国の王子が瞬王子を憎んでいることが噂になり、火の国にまで知れ渡っているからなのだと。

氷河王子は少し気まずそうな顔をして、瞬王子の前で首を横に振りました。
「謝る必要はない。おまえは火の国の王子ではないんだし……。間接的にでも、おまえのように綺麗な子の名付け親になれたのなら、マー……母も喜んでいるだろう」
仮にも一国の王子が 侍従として他国の王子に仕えるなどということは、普通ではありえないことです。
氷河王子は、今日から自分に仕えることになった“瞬”が 彼のお母様の命を奪った憎むべき王子だとは考えてもいないようでした。
ですから、瞬王子は氷河王子に疑われることなく、彼の侍従として彼に お仕えできることになったのです。






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