“その時”はきたのだ。 永遠にも感じられるほど長い時間を待ち続け、ついに“その時”はきた。 にもかかわらず、実現されない約束。 そんな得心できない状況に黙って耐えていることのできる氷河ではないことは、瞬にもわかっていた。 憤りを帯びた目と声で 彼が瞬に『好きだ』と告げてきたのは、アテナの聖闘士たちの上に 戦いのない時が訪れて10日も経たない頃。 氷河にしては よく待ち、よく耐えた方だったろう。 瞬は そう思ったし、氷河自身も そう思っているようだった。 瞬は、 「氷河は仲間だよ。僕の大切な仲間」 と、用意しておいた答えを 氷河に手渡すことしかできなかったが。 待つ時間が長すぎた。 散々 待たされたあげくに手渡された答えが それなのである。 氷河は さぞかし怒り狂い、約束を破った恋人を責めてくるだろうと、瞬は思っていた。 氷河が、たとえ どれほど激しく憤ろうが、どれほど激しい言葉で 彼の心を裏切った恋人を責めてこようが、氷河の怒り、氷河の罵詈に自分はじっと耐えるしかないのだと、瞬は覚悟していた。 しかし、氷河は、瞬が想像したように怒りを露わにもしなければ、瞬に怒声を叩きつけてくることもしなかった。 彼は、卑怯にもとれる瞬の拒絶の言葉を聞くなり、それまで全身に まとわりつかせていた怒りを消し去り、まるで いたわり慈しむような表情を その顔に浮かべた。 そして、母親に はぐれ迷子になった幼い子供に対するように優しく気遣わしげな声で、瞬に尋ねてきたのである。 「なら、おまえは なぜ泣いているんだ」 と。 「え……?」 瞬は、自分が泣いていることに気付いていなかった。 |