「瞬への告白は、ムード抜群の最高のシチュエーション、最適のタイミングでしなきゃならないとか言ってなかったか、氷河の奴。これのどこが ムード抜群の最高のシチュエーション、最適のタイミングなんだよ」
周囲は瓦礫の山。
土埃や砂埃舞う、半壊状態のコロッセオ。
100人を下らない見物人たちの視線の中心で 瞬をしっかりと抱きしめている氷河の姿を眺めながら、星矢がぼやく。

氷河の春の来なさ・・・を見るに見かねて、瞬をそこに連れてきた張本人であるにも関わらず、そこに居合わせた者たちに氷河と同類の恥知らずと思われることを恐れて、星矢と紫龍は いち早く氷河と瞬に距離を置いた場所へと移動済みだった。
それが雑音騒音という具体的な形をとって自分を邪魔してこなければ、他人の目など意に介さない氷河と違って、彼等は一応 他人の目というものを意識する人間だったのだ。

「まあ、いいじゃないか。これでやっと氷河にも春が来たということで」
「あ、その歌なら、俺 知ってるぜ」
「歌? 何のことだ?」
人の心を読めない時は 言葉を用いて確認すればいいということを知っている紫龍が、この場面で突然『歌』などという単語を持ち出した星矢に その訳を尋ねる。
星矢は、その理由は語らず、代わりに彼が知っている“その歌”を仲間の前で歌い出した。

「春が来た、春が来た、どこに来たー。山に来た、里に来た、脳にも来たー」
上手く歌おうという気など さらさらなかった星矢の歌は、正真正銘 下手なものだったが、その歌は紫龍を感心させるだけの力を、確かに持っていた。
「実に的確な歌だ。日本の童謡は侮れないな」

『春よ、来い』と、願いを込めて瞬が歌った歌。
その歌に込められた瞬の願いは叶ったのだ。
多分、これは瞬にとっても幸福な結末であるに違いない――。
氷河と違って、人の目を無視することのできない瞬の 聖域でのこれからの日々を案じつつ――紫龍と星矢は 無理にそう思うことにしたのだった。






Fin.






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