普通の人間なら居住することなど考えもしない、ユーラシアの北の果てにある無人島。
自然が作った起伏の他には雪と氷しかない小さな島。
マッドオカルティストがマッドサイエンティストを集めて稼働させていた兵器工場というのは、島に着いて すぐに見付かった。
ほぼ壊滅状態で。

そこはかなりの巨大施設で、研究所と工場以外に、少なくとも科学者やオカルト宗教信奉者たちが100名程度が暮らしていける規模の居住空間があり、実際に生活していた痕跡もあった。
だが、今は人影ひとつない。
建物は たった今解体処理が終わったばかりのビルのように新鮮な瓦礫の山。
それらの瓦礫に雪が降り積もっているところを見ると、氷河は、ここに到着してすぐに工場を破壊、屋根と壁を失ったマッドな者たちは、凍死を恐れて すぐにこの島を立ち去った――ということのようだった。

しかし、まさか、そのマッドな者たちが、彼等の野望の破壊者である氷河と一緒に仲良く島を出たとは思えない。
氷河をこの島に送ったヘリコプターの持ち主は、島に迎えにきてほしいという連絡はまだ受けていないと言っていた。
いったい氷河は、その連絡をどうやって入れるつもりだったのか。
それを考えると、星矢たちは暗鬱な気分になってしまったのである。
もちろん 氷河なら、隣りの島までくらいなら、氷の浮かぶ北極海を泳いで渡ることは可能である。
が、そうであるなら、彼は さっさと日本に――瞬の許に――帰ってきているはずだった。
星矢たちがルドルフ島に着いたのは、氷河の到着に遅れること3日。
氷河によるマッドな者たちの野望の施設破壊から、おそらく2日以上が経ってからのことだったのだから。

「これ、氷河が一人でやったのか」
「そのようだ。壊すより凍らすのが得意な氷河にしては、随分 張り切ったものだな。根城がわかったと連絡を入れてくれれば、すぐに俺たちが破壊要員として駆けつけたのに」
「氷河の奴、この工場を倒すのに力を使いきって、どっかで行き倒れているんじゃないだろうな」
「星矢、不吉なことを言うな」
紫龍が 視線で瞬を指し示し、星矢の仮定文を たしなめる。
白く薄い雪のレースで全身を覆っている瓦礫の山を視界に映している瞬の頬からは、ほとんど血の気が失せていた。
おそらく氷河はまだ この島の内にいる。
だが、氷河の小宇宙は どこにも感じられない。
気温は、既に3月の中旬を過ぎた日中だというのに 氷点下15度。
瞬の瞳が明るく輝いていることは もとより考えられない状況だったのだが、この上 最悪の仮定文を瞬にプレゼントするのは、命をかけた戦いを共に戦ってきた仲間にあるまじき 心無い仕打ちである。

紫龍に視線で たしなめられた星矢は、すぐに方向転換を試みた。
「ここで ぼーっとしてたって埒があかない。とにかく、氷河を捜そうぜ。小さい島だ。すぐ見付かるさ」
星矢に背中を叩かれた瞬が、壊れかけた人形のように ぎこちなく、彼の仲間に頷き返してくる。
小さな島。
純白の大地。
崩れた工場以外に人工のものはない。
それでも、その時はまだ、氷河を見付け出すことは容易と、星矢は――紫龍も、そして もしかしたら瞬も――同じ認識を抱いていたのである。
しかし、実際には それはアテナの聖闘士たちが思うほど容易な作業ではなかった。

ルドルフ島は確かに小さな島だったが、厳しい自然に削られながら形成された その環境は、垂直水平両方向の凹凸起伏に富み、人を捜すには非常に厄介な場所だったのである。
白い島を走りながら、なかなか見付からない仲間の姿に 本気で悪い予感を覚えるようになった星矢は、一般的な成人男子の腸の面積はテニスコート一面分に匹敵する――という、以前 紫龍から教えられた詰まらぬ知識を思い出し、ぞっとしてしまったのだった。
とにかく、その小さな無人島は、見かけの4、50倍の広さがあったのだ。

狭くて広い その島を駆けずりまわり、アテナの聖闘士たちがやっと仲間の姿を見付けたのは、彼等が氷河探索を始めてから4日後。
氷河がマッドな者たちの野望の城を破壊してから6日後の午後のことだった。
島の南端にある深さ10メートルほどの雪渓の底で、ほぼ凍死寸前、餓死寸前、失血死寸前の状態で、氷河は見付かった。
半分死んでいるような仲間を、星矢たちは、待機させていたジェットヘリで、サンクト・ペテルスブルクの病院に緊急搬送。
氷河は かろうじて一命をとりとめることができたのだった。






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