今度は――その時は、氷河の仲間たちは彼と共に同じ戦場にいた。
戦場といっても、聖域のすぐ側。
アテナの結界に守られた聖域に侵入できないところを見ると、今度の敵たちは、いずこかの神の意を受けて聖域襲撃に及んだものらしい。
強大な小宇宙の力は感じられないが、敵の数がわからないので、戦闘開始は敵の出方を確かめてからと言い合わせていたのに、攻撃のタイミングを見計らっていた仲間たちの制止を振り切って、氷河は勝手に一人で敵陣に突っ込んでいってしまったのだ。
敵の数は アテナの聖闘士たちの想像を超えて はるかに多かったが、個々の戦士たちの力の弱さもまた想像以上だったので、氷河に遅れて戦闘に加わった氷河の仲間たちの働きもあり、その場は何とか事無きを得た。
結果的に、氷河の暴走は事態を より早く収束させることになったといえる。
だが、作戦、協調性というものを根本から無視する氷河の行動に、星矢と紫龍は 今度こそ怒り心頭に発することになってしまったのだった。

「星矢も考えなしの猪突猛進だが、おまえも相当だぞ。もう少し 仲間たちに合わせて戦うということを覚えたらどうだ!」
「わかっている!」
「全然わかってねーよ! おまえ、一人で なに焦ってんだ。それとも、おまえは俺たちを信用してないのかよ !? だいたい、おまえは これまでも、殺生谷に始まって、魔界島でも、双児宮でも、天秤宮でも、アスガルドの時もポセイドンとの戦いの時も一人で暴走してばかりだった。冥界での戦いの時だって、ミーノスが自滅してくれたからよかったようなものの、そうでなかったら おまえはどうなってたか――」
「やかましいっ! 毎回 ちゃんと生き延びてるんだから、いいじゃないか!」
「よくねーよ! 毎回 生き延びてるったって、毎回 紙一重じゃねーか!」
「それは おまえ等も同じだろう!」
「う……」

『今回の戦いの反省会をする』という名目で借りたアテナ神殿の一室に、ぶつかり合い、響き合い、木霊を作って重なり合っていた星矢と氷河の怒声が、やっと途切れる。
星矢と氷河では、その戦い振りはどっちもどっち。
氷河を責めることは、そのまま 自分の戦い方を責めること。
完全に自分のことを棚に上げて氷河を責め続けることは、猪突猛進 直情径行が売りの星矢でも、さすがに自虐的すぎて できなかったらしい。
星矢は、アテナの聖闘士の中では比較的慎重派ということになっている二人に視線を巡らせた。
その視線を受けた紫龍が、戦闘放棄を余儀なくされた星矢のために苦笑を、自分の非を認めず意地になっているような氷河のために困惑顔を、今日も かろうじて生き延びた氷河を切なげな目で見詰めている瞬のために憂い顔を、同時に作る。
そうして、最終的に紫龍の表情は かなり険しいものになった。

「おまえが おまえの無謀のせいで命を落とすことになっても、俺や星矢は『馬鹿な奴だ』で済ませる余裕があるが、瞬はそうではない。そのことを おまえが忘れていないなら、おまえが どんな戦い方をしようと、俺には何も言うことはない。瞬、このイノシシを、犬猫とまでは言わないが、せめて自分で自分を止めるすべを心得ている何かにしてくれ。俺たちの言うことは、聞く耳を持っていないようだ。星矢、行くぞ」
「行くぞ……って、え……お……おい!」
全く激していない口調ではあるが、今 ここで氷河と瞬を二人きりにするのは、後先考えず暴走して 失態を演じた氷河には、最も過酷な罰である。
瞬に泣かれるよりだったら、天馬座の聖闘士に罵倒されていた方が 氷河も立つ瀬があるだろうと考えて 仲間を怒鳴りつけていた星矢は、紫龍の容赦のない仕打ちに 少なからず慌てることになった。

「おい、紫龍。これは さすがに、ちょっと氷河がかわいそうじゃねーか?」
後ろを振り返らずアテナ神殿を出ていく紫龍のあとを追いかけて、その背中に星矢が声をかける。
紫龍は、だが、立ち止まりもしなかった。
「かわいそうと思うなら、二人のところに戻れ。しかし、氷河を今のままにしておくと、氷河はいずれ必ず命を落とす。そうなった時、泣いている瞬を慰めてやらなければならなくなるのは俺たちだ。俺は、そんな役目はごめんだぞ」
「んな役、俺だって やだよ!」
紫龍の語る最悪の未来図を脳裏に思い描いて、星矢は小さく一度 身震いした。
そんな場面に、氷河と瞬の仲間である自分は どんな顔をして立てばいいのか。
そんな役目を割り振られるくらいなら、自分が死ぬ方が はるかにましだと、星矢は本気で思った。

「氷河は一度 瞬にきつく責められた方がいい。それが奴のためだし、瞬のためだし、俺たちのためだ」
「ん、そうだな」
氷河の戦い方、考え方を根本から正すことができるのは、瞬しかいない。
それは、瞬以外には――おそらく、氷河自身にもできないことである。
それが氷河のためで、瞬のため。
星矢は、瞬に すべてを任せることにした。






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