瞬には欲がない――少なくとも 世俗的な欲は全くないように、氷河には見えた。
飢え凍える心配はないのだから、財に執着がないことには納得できないでもない。
地位や名誉に欲がないのも、まだ その価値のわからない子供と思えば、それも合点できないことではない。
“金”と“力”に欲がなければ、次は“色”となるのだが、それは考察する以前に氷河自身が却下した。
あの清らかに澄んだ瞳の持ち主が 女に欲情する様など、氷河は考えたくもなかった。

物欲、金銭欲、名誉欲、権力欲、獣欲――瞬は、それらの欲を全く持ち合わせていない人間のように、氷河の目には見えた。
しかし、全く欲のない人間というものが、 この世に存在するだろうか。
もし存在したとして、その人間は“生きている”と言えるのだろうか。
『そんな人間はいない』というのが、氷河の答えだった。
そして、『瞬は生きている』というのが。

となれば、氷河は、何とかして瞬の欲しいものを探し出し、それを与えることで、瞬の信頼を勝ち得、自分に対する依存心を瞬の中に植えつけ、瞬をH公爵家に取り込まなければならなかった。
そして、H公爵家と組んだ瞬に味方する者をS子爵家内に増やすことで、S子爵家を二分する。
財しかない当主・一輝派と、権力財力を兼ね備えたH公爵家・瞬派では、最終的に勝つのは当然 H公爵家・瞬の側。
その瞬は、H公爵家の力なしには、その優位と勝利を維持できない。
瞬は、S子爵家の財力をH公爵家に献じて、H公爵家の支配下にあることに甘んじるしかなくなる――。
それが、氷河の目論見だった。
そのために、氷河は、瞬が心から欲しているものが何であるのかを突きとめなければならなかったのである。
しかし、幾度 瞬と会い、どれほど言葉を交わしても――“争いのないこと”以外に瞬が望むものを、氷河は探し出すことができなかった。






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