Work−Love Balance






「俺はさ、それが悪いことだとは言わねーぜ」
一応、星矢は そう前置きをした。
その言葉に嘘はない。
そもそも 瞬に“悪いこと”などできるはずがないのだから。
「悪いことだとは言わねーけど、でも、頻繁すぎるだろ。おまえ、3日前に日本に帰ってきたばっかりなんだぞ。それでまた、明日にはアフリカかよ? もう3ヶ月――いや、4ヶ月近くも この調子じゃん。冬場ならまだしも、もう夏だぞ、夏。何も好き好んで暑いとこに行かなくてもいいだろうに」

これまでは、第二の故郷とも言える それぞれの修行地に仲間たちが出向いている時も、瞬は城戸邸で留守を守っていることが多かった。
瞬が6年間 聖闘士になるための修行を積んだアンドロメダ島が既に この地上に存在しないという事情もあったが、それ以上に、瞬が日本を離れないのは――城戸邸を離れないのは――そこが青銅聖闘士たちの真の故郷だからでもあったろう。
その上、ここは女神アテナの故郷でもあり、アテナの私邸もあり、グラード財団の本部もある。
何より ここは青銅聖闘士たちの本拠地、落ち合う場所、どこに出ていっても帰ってくるべき港。
青銅聖闘士たちにとって、ここは空にするわけにはいかない大切な場所なのだ。
そして、その大切な場所を瞬が守ってくれているから、瞬の仲間たちは“外”に出ていくこともできるのである。

その大切な帰るべき港の守りを 瞬が放棄することが多くなったのは、今年に入って しばらくしてから。
瞬が港の守備を放棄して出掛けていく先は、アフリカとケニアの国境地帯にある難民キャンプ。
2週間ほど出掛けていっては日本に戻り、帰国して数日経つとまたアフリカに向かうという、考えようによっては非常に不経済なことを、瞬は既に4ヶ月近く繰り返していた。

「僕は、避寒のためにアフリカに行ってるわけじゃないよ」
「それは知ってるけどさ。チェーンを掘削機械の代わりにして井戸掘りしたり、搬送コンベア代わりにして生活物資の配送や頒布をしたりしてるんだろ」
「うん。みんなに感謝されてるよ。僕が――というより、チェーンがだけど」
「そりゃ、ネビュラチェーンは万能機械だから感謝はされるだろうけど、それって聖闘士の仕事か〜?」
「……」

瞬がアフリカに行っても、決して半月以上 そちらに滞在せず 日本に帰ってくるのは、日本が――というより、アテナとアテナの聖闘士たちの帰るべき港が――心配だから。
長く離れていると案じられてならないから――なのだろう。
実際、アテナの結界に守られている聖域より侵入が容易なせいか、城戸邸は これまでに幾度も敵の襲撃を受けていた。
聖域の第一出張所にして青銅聖闘士たちの本拠地を守護することは、アテナの聖闘士の仕事と言っていいだろう。
だが、どれほど多くの人の助けになるとしても、難民キャンプでの井戸掘りや荷物運びは アテナの聖闘士の仕事ではない。
何といっても、それは、瞬以外の人間、ネビュラチェーン以外の機械にもできる仕事なのだから。

「でも、もう 行くって連絡しちゃったから」
それがアテナの聖闘士の仕事でないことは、瞬もわかっているのだろう。
瞬は、最初から星矢を説得する気がなかったことが明白に わかる理由で――理由になっていない理由で――、明日のアフリカ行きを取りやめる意思のないことを、星矢に示してきた。
そして、おそらくは それ以上の議論を避けるために、そのまま足早にラウンジを出ていってしまったのである。






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