「さすがね! さすがは投資の女王と言われた杉上福子の孫娘だけあるわ。引き出物が、社章やキャッチコピー入りのお皿どころか、彼女の会社と ご夫君の会社の電話番号が印刷されただけの紙のコースター10枚セット! 再生紙利用なところは エコを意識したんでしょうけど、結婚式の引き出物に これみよがしにグリーンマークを印刷するところが 嫌らしくて素敵だわ!」
事の発端である四菱トータル・ソリューション・ビジネス社社長令息と杉上フィナンシャルグループ名誉会長令嬢の結婚式及び披露宴は 予定の日に盛大かつ経済的に執り行なわれ、それは沙織を大いに満足させるものであったらしい。
その日 沙織は上機嫌で自邸に戻ってくると、まるで自分の手柄のように得意げに、四菱・杉上両家の結婚式の引き出物を、彼女の聖闘士たちに披露してくれたのだった。
すなわち、四菱トータル・ソリューション・ビジネス社と杉上損害保険社の法人取引窓口のフリーダイヤル番号とグリーンマークが印刷された紙製のコースター10枚を。

「紙のコースター10枚? 沙織さん、引き出物は500円の皿あたりだろうとか何とか言ってなかったか? 紙製のコースターなんて、皿より安いじゃん。こんなの、まじで100円ショップで売ってるぜ」
「そうね。紙代、印刷費用、印刷枚数を考慮して、10枚分で原価35円というところかしら。さすがだわ」
「はあ……」
原価35円の紙製コースターをもらって喜んでいられるグラード財団総帥の気持ちが、庶民にはわからない。
庶民にできることは せいぜい、100円ショップで売られているコースターの方が 日本有数の富豪である四菱・杉上両家の結婚式の引き出物のそれよりも よほど凝った意匠が印刷されていると思うことくらいだった。

「でも、まあ、1枚だけでなくてよかったじゃん。清水の舞台から飛び下りるつもりで奮発したのかな、杉上フィナンシャルグループ名誉会長のご令嬢様は」
「彼女は本当は一人に100枚くらいは配りたかったのだと思うわよ。でも我慢したんでしょ。要するに この引き出物は宣伝チラシよ。我が社と取引を考えているような会社の経営陣に知り合いがいたら、経済的に過ぎる結婚式を話のタネにして このコースターを配ってくれと、新郎新婦は暗に私たちに言っているわけ」
「……」
庶民は開いた口がふさがらない。
沙織を満足させた四菱・杉上両家の結婚式は、少なくとも星矢のイメージする結婚式とは、催す目的が根本から違う何かだった。

「さすが日本有数の金持ち、やること為すこと 庶民の理解の範疇を超えてるぜ。で、沙織さんは ご祝儀いくら包んだんだよ? やっぱり100万くらい? 食事が4、5万だったとしても、沙織さん的には ものすごい赤字じゃん」
資本額、ネームバリューでは、四菱トータル・ソリューション・ビジネス社、杉上フィナンシャルグループに勝るとも劣らないグラード財団の総帥が、杉上家令嬢に負けっぱなしでいいのか。
それとも金持ちには、経費重視・節約型と 利益重視・投資型の2つのタイプがあるのか。
そして、金持ちとしては 前者と後者のどちらが より正しい金持ちのあり方なのか。
そんなことを考えながら尋ねた星矢への沙織の答えは、
「300円」
というものだった。

「は?」
もちろん、それは聞き間違いに違いない。
「だから、300円」
世界に冠たるグラード財団の総帥が、日本有数の富豪である四菱・杉上両家の結婚式での ご祝儀を300円で済ませるなどということがあるはずがない――あってはならない。
「へ?」
沙織は『万』を省略したのだ。
そうに決まっている。
星矢は無理に そう思おうとしたのだが、現実は彼に 過酷なほど冷たかった。
沙織は――世界に冠たるグラード財団の総帥は、
「宝くじを1枚だけ包んだの。まあ、3億円は無理でも、彼女へのご祝儀だもの、100万円くらいは当たるでしょう」
罪のない笑顔で そう言い、彼女の聖闘士たちの前で けらけらと笑ってのけたのである。

「あ……当たるわけねーだろ! 沙織さん、なに考えてんだよ! 結婚式のご祝儀に300円の宝くじ1枚だけなんて、俺にだって非常識だってわかるぞ!」
星矢に怒鳴られても、瞬や紫龍に異星人を見る目を向けられても、氷河に無視されても、沙織は平気の平左、慌てた様子ひとつ見せなかった。
彼女は彼女の非常識を反省した様子もなく、ただ四菱・杉上両家の結婚式の引き出物が 自分の予想の上(?)を行くものだったことに ひたすら満足しているようだった。

「か……金持ちって……金持ちって――。金持ちが金持ちな理由がよくわかったぜ」
結婚式のご祝儀を300円の宝くじ一枚で済ませる無恥と図太い神経が、金持ちを金持ちたらしめているのだ。
恥を知っており、繊細な神経を有している自分は 一生金持ちになることはないだろう。
星矢は――星矢の仲間たちもまた――120パーセントの確信をもって、そう思うことになったのだった。


杉上フィナンシャルグループ名誉会長令嬢――今は 新妻――から、沙織のご祝儀の宝くじで3億円が当たったという報告があったのは、それから1ヶ月後。
おかげで、庶民の星矢は、またしても開いた口がふさがらない状況に陥ってしまったのである。
金が寂しがりやだという話は、おそらく事実なのだろう。
金は仲間のいるところに行きたがる生き物なのだ。

「なあ、瞬。俺たちって、金持ちになれない星の下に生まれたのかなあ。俺、沙織さんたちの すること為すこと、全然理解できないんだけど」
あの とんでもない誤解が解けた日以来、一輝が再び放浪の旅に出てからは一層、氷河と瞬の べたつき振りは顕著になっていた。
積極的に瞬に絡んでいくのは氷河だけなのだが、絡んでくる氷河を拒まないのだから、瞬も同罪である。
慣れとは恐ろしいもので、星矢は今では人前でいちゃつく二人を見ても眉をひそめることはなく、そんな二人の間に 色気もそっけもない話題を投じることに遠慮を感じることもなくなってしまっていた。
ラウンジのソファで、隣りに座っている氷河に手を預け弄ばせてやっている瞬が、そんな星矢に微苦笑を投げてくる。

「でも、3億円なんて、あっても困るだけでしょう。少なくとも、僕は そんなものいらないよ」
「うむ。俺は、3億円もらうより瞬の方がいい。10億積まれても、俺は瞬を選ぶな。100億積んでも、瞬は買えない」
1円の支払いもせずに瞬を手に入れた男が何をほざいているのかと、正直 星矢は思ったのである。
瞬が嬉しそうに、
「それは僕だって同じだよ」
と言うから、その思いを言葉にすることはしなかったが。

「金は金の、愛は愛の、価値がわかる者の許に行きたがるようにできているのかもしれんな。世の中は うまくできている」
言いたいことを仲間のために我慢している星矢の忍耐に感じ入ったらしい紫龍が――彼もまた仲間のための慰めを口にする。
「金は金の、愛は愛の、価値がわかる者の許に行きたがるようにできている……かあ。だったら、俺んとこには3億円より、うまい棒テリヤキバーガー味が300本くらい降ってきてくれねーかなー。うまい棒は食えばうまいけど、3億円なんて あっても邪魔なだけだしさ」
紫龍の慰撫の言葉を聞いた星矢が、3億円あれば うまい棒300本を10万回買うことができるという事実に気付いた様子もなく、自分の切なる願いを披露する。
世の中は、確かに うまくできているようだった。






Fin.






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