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人に嫌われ、その人と いさかいを起こすことになるのが嫌で、瞬は いつも笑っていた――泣いている時以外には。
誰かを責めたり、怒りの感情を表に出すこともしなかった。
『それは間違っている』と思うようなことがあっても、決して言葉にはせず、
「そうかもしれないね」
と言って 積極的に肯定しないことで、事を荒立てることなく、その場をやり過ごした。
それが、瞬が 幼いなりに身につけた処世の術だったのである。
そうしていれば、大人たちに怒られることもなく、大人たちの機嫌を損ねることで仲間たちに迷惑をかけることもない。
同じ境遇にある仲間たちと対立したり、いじめられることもない――というのが。

決して 人に逆らわず、人の心を刺激しない、逆立てない。
風には吹かれるまま、水には流されるまま。
風や水が止まったら 元の場所に戻ればいいだけのこと。
外部からの力に意地を張って抵抗し続ければ、人はいずれ その力に倒されることになる。
いっそ その方が楽になれるのかもしれないと思うこともあったが、瞬は兄のために倒れてしまうわけにはいかなかった。
生き続けることを諦めるわけにもいかなかった。
弟を守るために 倒れるまいとして、風にも、水にも、人にも、運命にすら抵抗し続ける兄。
瞬は、その兄に、“自分が倒れないこと”で報いることしかできなかったのである。
そのために用心深く――人の心を読み、その心の望むところを察し、その人の心を苛立たせないよう、その人の自尊心を傷付けないよう、慎重に振舞う。
そうすることで、他の仲間たちに比べれば際立って弱く非力な存在であるにもかかわらず、自分は倒れずに済んでいるのだ。
そう、瞬は思っていた。


そういう瞬だったから、氷河が城戸邸にやってきた時、どんな恐れも知らないように、当たるを幸い 誰とでも いさかいを起こす彼が、瞬は信じられなかったのである。
星矢のように感情を抑えられないからではない。
兄のように、弟を守るためでもない。
彼は自らの敵を求めているように、あえて 敵を増やそうとしているかのように、誰にでも反抗していくのだ。
まるで自分の命など どうなってもいいと考えているかのように投げ遣りに。
氷河は自分自身を滅ぼしたがっているのではないかとさえ、瞬は思った。

「おまえ、こんなこともできないのか」
「文句があるなら、いつでも相手になってやるぞ」
「近寄るな、馬鹿が伝染る」
言わずにいればいいことを あえて口にして、彼は人の敵意を煽る。
あるいは、すべての人を拒絶しているように 他者を切り捨てる。
彼は人に嫌われ、人と争うことが恐くないのだろうかと、瞬は不思議でならなかった。
どこかで立ち止まらないと、世界のすべてと対立し、孤立し、周囲を敵だらけにして、彼は倒されてしまうだろう。
同年代の子供たちの中で 彼がどれほど強くても、この世界には彼よりも強い人間は いくらでもいる。
孤立や孤独を恐れない心を持っていても、本当に孤立してしまうと、人は生きてはいられないのだ。
幼い子供なら、なおさら。






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